第2353回例会/平成20年02月22日(金)

例会場:宮崎観光ホテル

出席状況(報告:山口 平二 委員)
 会 員 数:72名
 当日出席数:41名
 欠   席:31名
 出 席 率:58.57%
 前々回修正出席率
 2月8日 80.56%


□ゲ ス ト :サミツト賞表彰者 森本 辰雄 様
□ビ ジ タ ー:宮崎RC 尾崎宗春会員
□ロータリーソング:日も風も星も
□例会プログラム:国際奉仕賞(サミット賞)表彰式・講演


幹事報告(前畑 智之 幹事)
 皆様こんにちは。幹事報告を申し上げます。
 *先週の2月15日のロータリー財団の募金ありがとうございました。
 *小田原会員より多額の篤志を頂きました。大切に使わせていただきます。
 *新入会員の候補の案内を入れております。
  松本純明様47才 松本建設株式会社の代表取締役 推薦者は井手脇会員です。
 *ローターアクト10周年の感謝の集いを4月25日(金)に開催します。
  当日は夜間例会に変更します。
 *2730地区のロータリー活動を紹介する移動パネル展を2月27日から3月
  11日まで比江島会員のご配慮により宮崎太陽銀行1Fロビーで展示中です。
 *ロータリー手帳の申し込み本日(2/22)が締切です。
 *ハッピーボックスの紹介は次週にまとめてやります。


出席委員会(山口 平二 委員)
 出席状況上記の通り。


挨 拶(小田原義征会員)
  先日の葬儀に関して皆様方の暖かいご厚情を頂き、また多数のご会葬をいただきあり
 がとうございました。また受付等でご協力いただきましたことにも御礼申し上げます。


SAA(増田秀文SAA)
 二点お願いがあります。
 一、例会場ではバッジの着用をお願いします。
 一、例会場は禁煙とはなっておりませんが周りの方へのご配慮をお願いします。


会長 挨拶(山口 賢一郎 会長)
 皆さんこんにちは。はじめにご紹介申し上げます。
 本日国際奉仕賞を受賞されます森本辰雄様でいらっしゃいます。
 ビジターのご紹介を申し上げます。宮崎RCの尾崎宗春会員でございます。
  去る17日小田原義征会員のお母様がご逝去されました。
 会員の皆様とともに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 先日の日曜日にはIM(インターシティミーティング)が開催されました。
 ご出席の18名の皆様お疲れ様でした。
 大変素晴らしい講師のお話でしたのでもっと多くの方に西クラブは全員出
 席していただきたかったと思いました。
 田中毅パストガバナーがRI事務局に保管されている原文をご自分で翻訳
 された上での解説は丁寧で明快でした。
 とりわけ「4つのテスト」は私は今まで何か納得できずに自分流で勝手に
 解釈しておりましたが、
 (どなたもご賛同していただけなかったのですが‥‥!?)
 それはほとんど完璧に間違っておりました。初めて理解できました!
 田中毅パストガバナーは各地でセミナーの講師を務められていらっしゃい
 ます。今回参加できなかった方はチャンスがありましたら是非一度ご聴講
 されたらいかがでしょうか?
 本日は国際奉仕賞(通称サミット賞)の贈呈式を行ないます。
 宮崎西RCは西暦2000年に本県で開催された先進主要国外相会議を記
 念し、ロータリーの国際奉仕の目的に合致した人を顕彰するプログラム、
 国際奉仕(通称サミット賞)を創設しております。
 提唱されたのが当時の菊地平会長、そして国際奉仕委員長は本年と同じく
 喜島会員でございます。後ほど喜島国際奉仕委員長から詳しくご紹介があ
 りますが、今回は森本辰雄様へ贈呈することに決定しております。
 国際ロータリーが提唱する国際間の理解と親善と平和を推進すると言う理
 念、その実践とも言うべき活動を続けてこられた森本辰雄様に心から敬意
 を表しましてご挨拶にかえさせていただきます。


国際奉仕委員会 【国際奉仕賞(サミット賞)の表彰式】(喜島 健一郎 委員長)
  皆さんこんにちは。サミット賞のいわれは山口会長から詳しく説明があ
 りましたので省略させていただきます。
 今回が8回目になります。素晴らしい方をお迎えいたしておりまして大変
 うれしく思っています。
 RIの国際奉仕に対する動きは2つあると思います。
 一つは識字率向上運動であるとかポリオ撲滅運動、皆が集まって力をあわ
 せて目に見える形で貢献していく運動であります。
 もう一つは肌の色が違う・文化が違う・言葉も違う・歴史も違う・そして
 宗教も違うという異なる国々の人々の間に理解と友情と親善を深めていく
 という伝統的なロータリーの考え方であります。
 そのことが世界平和に貢献する、私は素晴らしい考え方だと思っています。
 そういう意味で西クラブでは地道に貢献されている方を顕彰していこうと
 いう菊地平パストガバナーのご発案によって現在まで続いております。
 森本様のご紹介については外山三博会員からご紹介いただきまして、その
 後表彰式にうつり卓話を頂くことになっております。
 最後までよろしくお願いします。


■国際奉仕賞(サミット賞)森本辰雄様のご紹介(外山三博会員)
  私は高校のときから山登りをしておりまして母校大宮高校で山岳部におりました。
 今日の受賞者の森本様は当時から山岳部の先輩で今でも大宮高校山岳部OB会の会長を
 しておられます。またヒマラヤにも何回か登っておられます。
 その当時からネパールの方と親しくなられネパールの青年が宮崎にこられると必ず森本
 様のところへ寄り、また森本様がいろんなお世話をされるということがこれまでありま
 した。20年程前宮崎県水産試験場の小林分場(淡水魚の試験場)にネパールから青年
 がきておりまして帰るとき自分が研究した小林の鱒をなんとか国の蛋白源にしたいと希
 望しその件につき森本様から相談がありました。
 当時議会で農林水産の委員長を私がしておりましたので県の水産課に話をして鱒の受精
 卵を凍結してネパールに送りました。それが上手く孵化して泳ぎだしましたが稚魚の餌
 は非常に難しくその為に宮崎県からえさを1年ぐらい送っていました。
 ところが水産課から事業予算を組んでいないのにずっと送るわけにはいかないもう止め
 たいと申し出があったため私が自費でネパールに行き当時の水産大臣に会いその時「あ
 と1年間送ります。」と約束しその代わりこれから1年の間にネパールでもちゃんとし
 たえさを開発するよう約束しました。それからもフォローをずっとしてきました。
 これは森本様から相談があったことがきっかけです。森本様もほとんど毎年ネパールに
 行ってらっしゃるのでそのフォローをし、あとを見届けておられます。
 また面倒を見た青年がネパールの要人になっている方もいっぱいいらっしゃいます。
 そのネパールの方から日本との絆をより深めたいから桜の木が欲しいとの要望があり森
 本様が100本の桜を植樹されております。
 このような素晴らしい流れで今日の受賞になったと思います。
 よろしくお願いいたします。


■国際奉仕賞(サミット賞)表彰式・卓話(森本 辰雄 氏)
 経歴 現在
 ◆日本山岳協会 参与
 ◆日本体育協会 山岳A級指導員
 ◆樹木医
 ◆宮崎県緑花木生産協同組合 顧問
 ◆みどり環境設計 代表
  (森本氏の詳細は資料をご覧下さい)

 森本辰雄と申します。大田1丁目に住んでおります。
 ジゴロであります。
 今日はこんな大変な賞を頂きまして、身が引き締まる思いがしておるわけですが、時間
 もありませんので簡単にネパールと宮崎の関係をお話したいと思っております。今手元
 に刷り物がいっていると思いますが、裏表刷ってあります。この地図は縮尺が一緒、そ
 れから緯度を揃えてあります。
 九州と近畿ぐらいまでの大きさがネパールの大きさだというふうに考えていただきたい
 と思います。
 それからもう一つ大事なのは、宮崎に32°の緯度が通っておりますが、ネパールは
 28°です4°しか違わないわけですが、私も最初に行った時は寒い国だと思って行き
 ましたらもう半袖のシャツの人がいっぱいいるわけですね。これからネパールに行く人
 が私の家に来た時に私は、「寒くてあったかいところよ」だと言うと、森本は変なこと
 を言うなぁと。寒くてあったかい国というのがあるものかと言われるわけですけど行っ
 てみるとその通りです。28°が奄美大島の線です。こちらのこの三角の地図で見ても
 らうと、大体200メートルの高さのところは亜熱帯であります。
 でもネパールは200メートルからヒマラヤが8000メートルまで立ち上がっており
 ますので、奄美大島に、亜熱帯から北海道までもってきたような感じがネパールと思っ
 ていただくとよいかと思います。
 同じところでみかんもできますし、パパイヤもりんごもできますし、ちょっと複雑な感
 じがいたしますが、そういうところであります。
 そこに私が14回行きまして、最初は登山で行ったわけですが植物が好きなものですか
 ら、ネパールの国を大体1回行きますと、1ヶ月から2ヶ月ぐらい一人残ってヘルパー
 を連れてネパールの中を歩き回りました。
 一番下の方は、梨、バナナ、パパイヤ、マンゴーまであります。それから1000メー
 トルは二次生林。それから3000メートルはもうちょっと寒帯に近いですね。五葉マ
 ツとかそういうビャクシンなんかがあります。それから4000メートルを越えるとも
 う森林がなくなりまして、小型ツツジはありますが、これはスンパというツツジなので
 すけどそれが生えております。これが香料いわゆるお線香の代わりに使うツツジです。
 それから上がずっと草原です。大体4500メートルぐらいまで夏は、ヤクそれから羊、
 山羊、そういうもので牧畜をしております。それからずっと上の方に、7000メート
 ルのちょっと下の方にネパール・ヒマラヤ「ツクチエ・ピーク」と書いてありますが、
 これは宮崎大学山岳会として1980年に登った山であります。この時は、やはり2ヶ
 月以上かけて登るわけですけど、私は県職員でありましたので1ヶ月しか暇がもらえず
 に登っておりませんけれども隊員は全員登りました。その時登ったルートは、ツクチエ
 に登るルートの中のまだ誰も登っていないバージンルートを通ったわけであります。そ
 れで、当時のネパール政府の登山課長をしておりましたスレスタ君というのが、今でも
 向こうに行きますと一緒にお茶を飲んだりしております。もう一つネパールと宮崎の近
 い話をちょっとするのに、裏面を参照ください。カトマンドゥというところが首都であ
 ります。これはもうよくご存知だと思います。政治は王政の民主主義だったわけですけ
 れども、これが去年前の王様が亡くなってから今年の4月に決定すると思いますが、共
 和国になるだろうと思います。現在の王様は追放されることになります。
 前の王様は大変日本が好きな方で、日本の派出所を真似しネパールで「チェックポイン
 ト」というのを造って派出所ができていたりします。
 季節は、はっきり乾季と雨季とありまして、乾季が10月から2月頃まで、雨季が6月
 〜9月です。それから、大変気候風土は宮崎に似ておりますので、国の鳥、これもキジ
 です。花はシャクナゲです。
 ここらへんでは五ヶ瀬町が町の花にしているはずですが、真っ赤なシャクナゲがネパー
 ルの国花であります。
 「ラリグラス」と言っています。それから国旗はそこに書いてありますように、月とお
 日様の2つが並んでいる三角形の旗が向こうの国旗で、これは世界でも珍しいと思いま
 す。
 国立公園もたくさんありますし、野生動物もいろいろおりますし、それから世界遺産も
 たくさんあります。
 生活の程度は収入が日本の20分の1だと思っていただければよいかと思います。日本
 の10円が大体5.55ルピーぐらいです。ネパールと宮崎は緯度が非常に近いもので
 すから大変気候が似ておりまして、宮崎もマンゴーができますがネパールではマンゴー
 が街路樹に使ってあるところがあります。誰でも取って食べていいそうです。それから、
 お釈迦様がお生まれになったところがネパールのルンビニというところです。
 そこは現在、日本の仏教界も世界の宗教界も競ってお寺を建てておりまして、ロシア、
 中国、ビルマ、ドイツ、フランス、20カ国ぐらいがルンビニに寺院建立しています。
 日本も仏教の仏塔をそこに建てております。また日本がそのルンビニの整備については
 リーダー的な役割を果たしております。
  ネパールの蛋白源に宮崎、小林市の鱒を持って行った話をさせていただきます。ネパ
 ールのグルング君というのが小林に勉強に来ておりました。
 彼は今博士になってアメリカに留学したり、インド留学したりしております。
 またあと3年もすると水産庁長官にはなると思います。
 現在はゴダワリという水産試験場の場長になっております。その方が、約20年ぐらい
 前に私のところに寄りまして、ネパールに鱒を持って帰りたいと。
 何をするかといえば、国民のために蛋白源を作りたいということで。その時にいろいろ
 支援もしたわけですけど、自分一人ではもうどうにもなりませんので、外山さんとか松
 形知事さんなんかにお話をして、県の水産課の支援で鱒の卵を持って行ってもらいまし
 た。
 鱒は2〜3時間もすると死ぬのですけど、卵は1週間ぐらい大丈夫です。それを持って
 行き、成功し、現在もう8代目か9代目になっておりますが、今も元気よく泳いでおり
 ます。試験研究というのは大事なもので宮崎の鱒がネパールに入る前に2カ国ほど鱒を
 持って行っています。それが2つとも失敗しています。
 大きくならない、死んでしまう。それをグルング君はよく知っておりまして、鱒という
 のは大体15℃から18℃ぐらいまでの水温のところが一番適温なのですが、小林分場
 では23℃まで生育する鱒を作っていたのです。ですから水温の高いネパールで十分生
 育したわけです。ネパールに行く度に水産試験場に行っていろいろ話をしたのですけれ
 ども。10回ぐらい行ったでしょうか。4年前に初めて政府の水産試験場から民間に移
 しまして民間で養魚する。田畑に粗末な水槽を作りましてそこで繁殖しているわけです。
 1匹が500円ぐらいします。500円ぐらいというと、大体日本で直しますとそれの
 20倍が値段ですね。
 だからかなりの高い値段ですが、「おまえ、あそこの日本の鱒を食べに行ったか?」
 「いや、まだ食ってない」と言っと、「いや、あれを食ってみないことにはだめだよ」
 というような話をして、日本の鱒を食すことがステータスシンボルになっております。
 カトマンドゥの首都では、五ツ星とか三ツ星とかいうホテルの食堂では鱒を出しており
 ます。
 宮崎とネパールは非常に関係もあるのですけれども、今は宮崎大学に水質保全とか環境
 保全をやっているダカールさんというのが研究員で来ております。
 それからそのワイフのリマさんという方が宮崎大学で博士号を取るために勉強しており
 ます。
 それからスザンケイシーさんという方が私の後輩になりますが、宮大の林課の学生とし
 て今度3年になります。また、おそらく明日だと思いますが、もう一人、ネパールから
 宮崎大学に勉強に来ます。
 宮崎大学で農業機械を勉強した青年が現在ネパールのカトマンドゥ大学の助教授をして
 おります。
 ネパールにジャパン・ユニバーシティ・アソシエーション・ネパールという団体があり
 ますがその団体の構成員は日本で博士号を取った人ばかりです。
 80名ばかりおりまして、その集まりの事務局長も彼はやっております。そういうこと
 で大変宮崎は現地で大事にされております。
 おそらく宮崎で勉強してネパールに帰ったのは30名ぐらいおると思います。
 それから、話が少し横にいきますが、ネパールのマルハという村が、農業試験場がある
 ところですが、そこの村と宮崎の諸塚村が交流をしておりまして、昨年10周年だった
 と思います。それで、去年は諸塚村からマルハに何人か行かれたと思います。
 マルハからも毎年のように諸塚に来ております。
 そういうことで、もう話は終わりますけれども宮崎が底辺で頑張っているということを
 ご承知いただけたらありがたいと思っています。
 大体向こうの人の高級官僚の賃金はですね、大体9000ルピーぐらいですから、日本
 円で大体月に15万から18万ぐらいなのですけど、非常に貧しい生活をしながらやっ
 ぱり頑張っております。それから非常に私たちと体格、顔色、が似ておりまして食事も
 似ております。大体、人種も一緒だと思いますのは赤ちゃんに蒙古斑があるそうです。
 今日は貴重な時間を割いていただきましてありがとうございました。


会報委員会:諏訪 博也
編集・構成:上園 哲朗