第2352回例会/平成20年02月15日(金)
例会場:宮崎観光ホテル
出席状況(報告:金丸 憲史 委員)
会 員 数:72名
当日出席数:54名
欠 席:18名
出 席 率:77.14%
前々回修正出席率
2月1日 85.92%
□ゲ ス ト :なし
□ビ ジ タ ー:なし
□ロータリーソング:奉仕の理想
□例会プログラム:会員卓話(船藏 尚子 会員)
幹事報告(前畑 智之 幹事)
皆様こんにちは、幹事報告を申し上げます。
*先週2月8日のロータリー財団の募金、ありがとうございました。
*先週新入会員候補を2名紹介致しましたが、2名とも異議の申し立てがございませ
んでしたので、入会手続きに入らせて頂きます。
*2月17日今度の日曜日がIMでございます。
参加者の方はサミットホールで午前9:30開会となっていますので、遅れないよう
にお願い致します。
*次週例会はサミット賞の贈呈式となっております。皆様よろしくお願い致します。
*最後に本日例会終了後に理事会を開催させていただきます。
理事役員の方はこの場にて開催しますので出席お願い致します。
出席委員会(金丸 憲史 委員)
出席状況上記の通り。
本日は、100%出席例会の日でした。
出席頂きました皆さん、ありがとうございました。
親睦委員会(森重 勝雄 委員)
ハッピー・スマイル報告
★前園善彦会員:岩下産業鰍フ法人設立が1952年2月15日だそうです。ちょうど今日
で満56歳を迎えられました。ご報告申し上げて多額のハッピーを頂きます。
★船蔵尚子会員:今日会員卓話をして頂きますが、話しの内容がイタリア旅行の話し
だそうで、卓話の日にハッピーを出して頂けるということで、本日になりました。
ありがとうございました。
会長 挨拶(山口 賢一郎 会長)
みなさんこんにちは。まずニューフレンドをご紹介致します。
松田真義会員でございます。
出席委員会に所属して頂きます。よろしくお願い致します。
昨日はバレンタインデーということで、私も義理チョコを貰いました。
何でこんな事を‥‥、色々言ってもやはりうれしいものです。‥‥!
今日は船蔵会員のお話しを楽しみにして参りました。
前回は船蔵会員が、「もてなしの心」についてお話になられたことを覚えております。
「施設は年々古くなるが、もてなしの心は年々新しくならなければならない。」とおっ
しゃったことが、強く心に残りました。
今日も一所懸命勉強させて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。
先日、埼玉県秩父市おおたぼ楢尾という山村に住んでいた《公一さん81歳とムツさん
84歳》の暮らしぶりが放送されました。
楢尾の集落には人はもう8人しか残っていません。先祖代々受け継いできた段々畑。そ
こで一所懸命働いて、子供たちを育ててきた。
しかし高齢となり、子供さんたちは他の仕事についているし、20年前に畑仕事はやめ
てしまっていました。
それでも二人は毎日畑へ出かけて行きます。
自宅から続く道は、細くて急な坂道ばかり、年老いた二人には年々きつくなっています。
でも「長い間お世話になった畑を、荒れたままにしておくのは申し訳ない。花や木を植
えて山に返したい。」そう考えているからなのです。
カメラマンが久しぶりに訪れてみると、紅葉が赤く染まって迎えてくれました。木の下
にはテーブルとベンチがこさえてありました。
「訪れた人が、花や木を見て喜んでくれたらどんなにうれしかろう。」
そう言って公一さんが作ったものだったのです。
大変素晴らしいドキュメントでした。
私たちはそれぞれに、辛い事や哀しい事を抱えています。
でも、この例会に帰ってきて、1時半にはまた笑顔で出て行ける。そんな潤いと安らぎ
のオアシスに、この例会をしなくてはならない。
それにはもてなしと、思いやりの心を忘れないことだと西ロータリークラブで教えられ
てまいりました。
「宮崎西ロータリークラブも、年々歴史を重ねていきますが、しかし、もてなしの心は
年々新しくならなくてはならない。」と思います。
ありがとうございました。
会員卓話(船藏 尚子 会員)
皆様こんにちは、光陰矢のごとし、如月も半ば過ぎてしまいました。
年明けより難題が山積している日本列島でございます。
年金問題に始まり、株価から、原材料高騰、はたまた中国産ぎょうざ問題、そして先の
見えぬ少子高齢化問題と、色々なところに多大の悪影響が懸念される時代です。
しかし今、宮崎は追い風強く、幸せの風と申しましょうか、しおれかかった花がもう一
度ピーンと頭を持ち上げ、息を吹き返した様に元気づけられている思いです。
2月は商売で申します処の逃げ月ですが、私は公私共に悪いものが逃げ出す月と考えて
います。この福を呼ぶ月に、この様なお話をさせて頂くチャンスを与えられたことに、
本当に感謝申し上げます。
上手に話すことができないかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します。
本日は旅で感銘を受けました出来事と、宮崎の事について少しお話させて頂きます。
しばしの間どうぞお耳をおかし下さいませ。
皆様はアンリーデュナンという男性の名前をご存知でしょうか。私は前々からこの人に
興味を持っていましたが、なかなかその人となりを深めることが出来ずにいました。そ
んな折、昨年の11月のこと、宮崎県日赤友好会によります、スイス・イタリア視察研修
の知らせが参りました。
私が夢にまで見たアンリーデュナンのことと、赤十字発足の地に行けるということで、
私はウキウキ・ワクワクと胸の高まりを抑えることができないほどでした。
11月26日から4泊6日・30名の旅が始まりました。気温は8度〜10度と薄手のコートですむ
位で肌に心地よい気候でございました。一路チューリッヒまで約8時間。チューリッヒ
は商工業又文化芸術が中心の、スイス最大の都市です。
素晴らしい教会があり、人の力強さを感じたチューリッヒでした。チューリッヒから3
時間、あっという間にジュネーブでした。勿論、赤十字本部を視察して、シャモニーか
らミラノそしていよいよ待望のソルフェリーノへ足を踏み入れました。
ではここで、冒頭に述べましたアンリーデュナンについて少し紹介させて頂きます。
彼は73歳の時に初代ノーベル平和賞を受賞致しました。受賞の理由は、さかのぼること
34年前のことです。
19世紀最大、そしてイタリア最大の統一戦争であります、イタリアを支配していたオー
ストリア軍とナポレオン3世率いるフランス・イタリア連合軍との壮絶な戦いでした。
「日本でいう関が原の戦いを思い出します。‥‥」
仕事でイタリアへ行くことになったアンリーデュナンは、この壮絶で悲惨な戦争を目の
当たりにし、途切れることの無い負傷者に、居ても立ってもいられず、自分の全ての事
業を放棄して農民達に呼びかけ救護活動に没頭したのです。
そして赤十字の丘といわれる場所にある、サンタマリア教会から、世界中に呼びかけ赤
十字を創設したのです。
国境を越え、人種を分けず、敵味方を構わず、全ての人々を受け入れた活動だったので
す。一心不乱、没頭のあまり、全ての財産が0になったのが39歳の時、勿論破産宣告と
なりました。その時から消息不明になりさまよい続けて、発見されたのは養老院、70歳
の時でした。ある一人の新聞記者がアンリーデュナンの過去を聞き、感動・共感して、
この記者のおかげで当時の功績が認められ73歳の時に初代ノーベル平和賞を受賞したの
でした。
彼の精神は「人道・博愛の精神」に徹したと伝えられています。過酷な労働、強靭な精
神の彼は、散在する集落と麦畑・ぶどう畑が広がるパノラマを一望できる赤十字の丘に
手厚く永眠83歳の幕を下ろしたのです。
私なんかのやってきた事、してきた事の、なんとちっぽけな事かよーし体の動く限り
全身全霊どんなことにも取り組んでゆこうと、感動・感激・反省そして体の底から奮い
起こる決意をした旅行でした。
[すみませんがお手元にお配りした写真をご覧下さい。左下の円形の部分がアンリーデ
ュナンのお墓です。]
さて私はご承知の通り、青島水光苑ホテルを営んでおります。「お客様へのおもてな
し」を信条として、原点ともいえる昭和37年に、広島通りにたった5部屋の小さな旅館
(白菊荘)を作りました。そのスタートには、元宮崎相互銀行、今の太陽銀行様からの
融資300万円がございます。もしこの融資が無かったら一歩どころか半歩も進むことが出
来ませんでした。「地獄に仏」とはまさにこの事でございます。
新婚ブームの追い風真っ只中の昭和40年に、青島に現在の前進であります離れの部屋17
棟を別荘感覚で作りました。
この時代は大変ユニークな建物で、沢山の方々に足を運んで頂き、旅の思い出を作って
頂きました。
なかでも、映画俳優の高田浩吉様ご夫妻には、3回もお出で頂き、息子さんの新婚旅行
もご利用頂き大変感謝しています。お蔭様で、巨人二軍様のお世話をさせて頂き、今年
で34年になります。思い起こすとその頃は長嶋さん 王さん 堀内さんもまだ選手でし
て色々な思い出がたくさんございます。
最初の年はとても寒い年でした。今でも2月になると巨人軍が寒さを宮崎に持ってくる
と言われています。
昼食はおにぎりとスープくらいと聞いていましたが、当時の二軍のマネージャーが二軍
は二軍のやり方でやってくれたらいいよと言って頂きましたが、寒いとおにぎりも冷た
く固くなるので、おにぎりをジャーに入れて、少しでも暖かいものをと思い、持ってい
きましたが、熱でフヮーとなってしまうので、炊き立ての熱いご飯や、ガス台を持って
行き野菜炒めや焼きそば等を目の前で作って食べて頂きました。ご飯も次々に炊かせ、
野菜炒めの材料も次々に運ばせ、一所懸命に作って食べて頂きました。
その頃の私は、野球のことはよくわからないし、背番号なんか全くわからないし、どの
人が一軍か二軍かもわかりませんでした。とにかく損得無しで、喜んで食べて頂くこと
に生きがい・やりがいを感じて、一心不乱に働きました。
読売新聞に大きく「王選手も昼食は二軍落ち」と書かれたりして、王さん・堀内さんと
笑った記憶がございます。
王さんは今はソフトバンクですが、大変律儀な方です。毎年春のキャンプでは、奥様が
日南の方でしたから、お墓参りに行かれます。帰りには必ず顔見にお寄り頂き、お土産
も頂きます。キャンプが始まって第一回の休みの日においで頂いた時、「お金があって
も、何かあったときには持っていけないのだから、体が一番だから気をつけて元気でい
て下さい。」とやさしい言葉をかけて下さった時は、涙が出るような思いでした。
本当に女冥利につきる幸せ者だと感謝しています。
現在は青少年のスポーツマンの宿として、実業団ではマラソン金メダリストの野口み
ずきさんをはじめ、数多くの陸上・ラグビー・サッカー・ホッケー等、冷え切っている
観光宮崎を乗り越えようと、日夜努力をしております。
なんと申しましても、新婚ブームの過ぎる前から、顧客層のターゲットをスポーツマン
に切り替え、若い世代に合うメニューを考えて、喜んでたくさん食べて頂き、静かな処
ですので、ゆっくり休んで頂いて、ベストの状態で練習場へ送り出すのが私の仕事だと
思っています。小さな旅館ではありますが、スポーツマンの宿としては、超一流だと自
負しています。駆け足で旅館業をやってきた45年でございます。大変なことと申します
と、資金繰り・お客様集客・社員教育・全国セールス等挙げればきりがございません。
それよりも何よりも命があぶないとなると、他のことなど吹き飛んでしまいます。
今から10年前のことです。かけがえの無い命を救った一言がありました。「婦人会の検
診があるから一緒に行こう。」と言われ、「そうね、じゃ行こうか。」と言いました。
この時のお誘いの言葉があったから、今でも親から授かった命という時を刻むことが出
来ています。
胆管全摘・胆嚢全摘・胃二分の一切除・すい臓二分の一切除・十二指腸切除。12時間に
及ぶ大手術でした。
麻酔の女医さんが、にこにこした優しい笑顔で「今から呼吸を止めますね。」とおっし
ゃるのです。
「えっ。元に戻らなかったらどうするのですか。」その時ばかりはマジに聞き返しまし
た。しかも「目が覚めたら幻覚症状が出るかもしれません。」とも言われましたが、恐
さ不安は一瞬でした。
普段の寝不足を解消するかのように、麻酔で心地よく眠ってしまいました。目が覚める
と何のことはありません。
目はパッチリでお腹は空くし、それはひもじいという言葉そのものでした。
2ケ月の入院生活に終止符を打った退院の日、玄関から一歩外へ出た瞬間を今でも鮮明
に覚えています。真っ先に目に飛び込んだ青空に、ふわふわの白い雲を見たとき、自然
と口から出た言葉がございます。「あーあー。生きているんだ。ありがたいわ。これか
らはもっともっと人様に尽くしていかなくてはいけない。」
それからというもの更に心を改め一から出直しをしたものです。新たに授かった折角の
命を無駄にすることなど出来るはずがありません。
私には大好きな言葉が7つございます。常々から文字にして目に入るようにしています。
「努力」一生懸命ある目的を達成するために途中で怠けたり休んだりせず、持っている
能力の全てを続ける。
「感謝」ありがたいと思う心で、心よりお礼を述べること。
「根性」何事にも積極的で立ち向かおうとする強い精神力を身に付ける考え方。
「親孝行」自分を育ててくれた親の言いつけを守り、老後にはその面倒を見る事。
「辛抱」環境の苦しさに押し流されないで、向上心を持ち続ける事。
「思考力」冷静かつ理論立てて考える事。
「人並み以上」誰かれの区別なく一様に同じ行動を取らず、それ以上のことをやる事。
地球から見れば、私の命など本当にちっぽけではございます。でもちっぽけはちっぽけ
なりに精一杯やることだけは、どなた様にも負けない。そんな気持ちの風船を膨らませ
ています。
それでもアンドリーデュナンの足元には到底及ぶものではありません。
今年は十二支の一番目子年でございます。方角は北・時間は12時ともに始まりを示し
ています。全ての出発点であるこの年に、創業時の理念を今一度見つめ直して、原点復
帰の年にしたいと継続中でございます。その為にも私の元気の源、原動力になっていま
すのが、
1.よく食べる 2.じっとせず 3.学ぶ心を忘れず 4.一生懸命考える 5.常に感謝の心を持つ
この5ケ条を守り、お客様へのおもてなしと、地元宮崎への深い愛を持ち、更に次世代
への後継者作りを今年の目標とし、いつも肯定的思考で生き続けようと思っています。
ここでちょっとコマーシャルをさせて下さい。お手元にチラシをお配りしてますグラ
ンドゴルフでございます。
実は昨年4月に敷地内にグランドゴルフ場を2面作りました。
宮崎県グランド協会の役員様のご指導を得て、日本グランド協会の公認コースにして頂
きました。
高齢者向けには青島どれの初カツオ・シビ等鉄分の多い魚を腹一杯食べて頂いて大変好
評です。
又宴会の際にはこの度、ユーイングの上薗会員さんに5万5千曲のカラオケと音響設備も
完備して頂きましたので、どうぞご利用においでで下さいませ。
本日は宣伝までさせて頂き、お耳ざわりもあったかと思いますが、どうぞお許し下さい。
最後に皆様のご健勝と、益々のご活躍をご祈念申し上げスピーチを終わらせて頂きます。
ご清聴有難うございました。
会報委員会:上杉 兼一
編集・構成:上園 哲朗