第2311回例会/平成19年4月6日(金)

第2311回例会

●例会場 宮崎観光ホテル
●例会日 4月6日

会   長 井手脇 万 詔
副 会 長 衛 藤 清 隆
幹   事 西 岡 昌 志
会報委員長 黒 木   寛

国歌斉唱
ロータリーソング: 四つのテスト
ゲスト     : 
卓話者     : 川崎浩聡会員、菊池慎一郎会員
ビジター    : 宮崎北RC 池田賢一会員

出席状況
会員  : 70名
本日出席: 59名      本日欠席: 11名 
出席率 : 84.29%    前々回修正(3月23日分)80.56% 


本日の例会プログラム
4月13日
雑誌委員会アワー 田崎博俊委員長

4月は「ロータリーの雑誌月間」


四つのテスト
1 真実か どうか
2 みんなに公平か
3 好意と友情を深めるか
4 みんなのためになるか どうか


例会変更・行事予定告知板

例会変更 
・都 城 北RC 4月17日(火)→4月14日(土)「創立40周年記念式典」
 場所 「市総合文化ホール並びに都城ロイヤルホテル」
・小  林RC 4月18日(水)→4月19日(木)18:30〜21:30
 場所「えびの市国際交流センター研修室」 懇親会 「フレンドリー」
・都  城RC 4月20日(金)11:00〜 場所 「兼喜神社」 奉仕作業の為

行事予定告知板
・4月20日 ゲスト卓話 (社)宮崎犯罪被害者支援センター 専務理事 濱砂義憲 氏
・4月27日 会員卓話 佐原正晃会員


会長挨拶(井手脇 万詔会長)
 ビジターを紹介いたします。宮崎北RCの池田賢一会員です。どうぞごゆっくりお過ごしください。
 この度の能登半島沖地震で被害を受けられた被災者の方々に、心よりお見舞いを申し上げたいと思います。地区より災害義捐金の協力のお願いが届いております。ご協力のほどお願いいたします。
 先週は、屋外での観桜会に多くのご参加を頂き、楽しい桜見物ができました。親睦委員会のメンバーに感謝いたします。
 本日の例会より、宮崎観光ホテルに例会場を変更しての開催となりました。1年2ヶ月ぶりでございます。ホテル側には大変お世話になることと存じますが、よろしくお願いいたします。
 3月は移動、転勤で寂しい思いをいたしましたが、本日は新しい会員をお迎えし、楽しい出会いをすることができました。時事通信社宮崎支局、支局長の小林秀明さんです。後ほど入会式を執り行いたいと存じます。又、本日のプログラムとして、新入会員として頑張って頂いております、川崎浩聡会員と、菊池慎一郎会員に卓話をお願いいたします。
 今月は雑誌月間です。RIの公式機関誌「ザ・ロータリアン」および世界31の地域雑誌の講読と、活用促進に役立つプログラムを実施する月間です。ロータリーの雑誌(「ロータリーの友」など)に対する会員の認識を深め、それによってロータリーの情報の普及を図ることが目的です。クラブはこの月間中に、雑誌に関するプログラムを実施しなければなりません。来週の例会は委員会アワーとして、雑誌委員会で担当して頂くことになっております。一番身近なロータリーに関する雑誌として毎月発行されます「ロータリーの友」や「ガバナー月信」を大いに利用し知識を深めていきたいものです。
 先日「源流セミナー」がシーガイア・サミットで開催されました。「世界社会奉仕」「職業奉仕」についてのセミナーがありましたので参加させて頂きました。奉仕の理想、奉仕の心を的確に学ぶいい機会になりました。そして実践していくことが大事である事を痛感いたしました。 ロータリーはESSであるという話がありました。まず最初のEはエンジョイ(楽しむ)のEです。親睦を深めロータリーをエンジョイすることが大事です。次のSはスタディ(学ぶ)のSです。そして最後のSはサービス(奉仕)のSです。ロータリーを楽しみながら学び、そして奉仕を実践する心を養う事の大事さ、大変勉強になり参考になりました。

幹事報告(西岡 昌志幹事)
1.今日からネームプレートを新しいものに変えました。デザイン等上園会員にはご協力いただき有難うございました。
2.吉賀元会員のご家族の方から会葬のお礼をいただきました。社会奉仕基金へ入れさせていただきます。
3.2008〜2009年の第2730地区ガバナーノミニーが加治木RCの安満良明会員に決定いたしました。
4.第3660地区、第3720地区(韓国)の地区大会が4月19日と4月21日に行われます。参加希望の方はご連絡ください。

出席委員会(児玉 寛太郎副委員長)
 本日の出席状況(前記のとおり)

親睦委員会(長崎 秀峰委員)
・4月結婚祝
 金丸禮三会員、菊地信会員、佐原正晃会員、竹内三郎会員、比江島昌信会員、マイケル・インディゴ会員、吉田信一郎会員、吉田多穀会員
・4月誕生祝
 衛藤清隆会員、小田原義征会員、佐原正晃会員、日高均会員、日高久夫会員、増田秀文会員、森重勝雄会員、喜島健一郎会員(祝還暦)

ハッピーボックス(岡崎 優SAA)
・阿南育男会員 3月退院と10人目のお孫さん誕生を記念して。
・藤本廣年会員 宮崎西RCゴルフコンペ優勝を記念して。
・日高照雄会員、大薗英治会員
母校、都城泉ヶ丘高校の選抜高校野球での歴史的な一勝を記念して。
・児玉寛太郎会員 ご子息の国立大学合格を記念して。
・比江島昌信会員 
 お嬢様の大学卒業、薬剤師合格を記念して。
・田畑利春会員
 ISO9001(品質マネジメントシステム)取得、
ISO14001(環境マネジメントシステム)取得、
日向営業所新築落成(建築は増田工務店)を記念して。

新入会員入会式
推薦者 小田原義征会員
 皆さんこんにちは。新会員の小林秀明さんをご紹介いたします。
 前任者の渡辺さんの後任としまして時事通信社の宮崎支局長でございます。職業分類は報道でございます。出身は栃木県の宇都宮市でございます。生年月日は、昭和28年3月30日で、家族は、奥様と子供二人で東京に住んでおられます。趣味はテニスということでございますけれども、大変忙しくてしばらくされていないということでございます。
 新しく会員になっていただいたということで、先輩として皆様のご指導のほどよろしくお願い申し上げまして私の紹介とさせていただきます。

新入会員 小林 秀明(コバヤシ ヒデアキ)氏
 ご紹介いただきました小林でございます。このたびロータリー西クラブの会員に参加させていただくことになりました。実は、去年四月に赴任してまいりまして一年間のブランクになりましたけれども、前任の渡辺同様、よろしくお願いいたしたいと思います。こういった会に初めて入りますので、皆様のご指導よろしくお願いします。

新入会員卓話 川崎浩聡会員
 こんにちは、フェニックスシーガイアの川崎と申します。
 ご縁がありまして、伝統ある宮崎西ロータリークラブの一員となれましたことを喜ばしく誇らしく思っております。
 今回は、宮崎観光ホテルでの例会再開の第1回目に卓話の機会を戴き、内心ほっとしております。
と申しますのも、いままでのサンホテルでの例会時の卓話ですと弊社スタッフが興味津々、緊張した顔を一目見ようと大挙して押し寄せる可能性があったからです。
 本来ですと昨年中に新会員卓話をせねばならなかったのですが、どうしても出張等でスケジュールの調整が付かず年明けとなってしまいました。
 本日は2001年(平成13年)、会社更生法申請以降のシーガイアの内情と申しますか、小生の視点から見た再生までの道程について少々お時間を戴きお話させて戴きます。
 今から6年前の2月19日に会社更生手続き開始の申請を行い、同年5月にアメリカの投資会社リップルウッド・ホールディングス(RW)が新しいオーナー会社として決定しました。
 シーガイア以外に日本国内でRWが買収した企業としましては、1998年に日本長期信用銀行を買収、2004年に新生銀行として上場した際の利ざやは約1,100億円と言われております。その他にも日本コロンビア・日本テレコム等がございます。
 このRWから新社長として任命されたのがマイケル・F・グレニーであり、運営会社としてホテルはスターウッド(ブランドはシェラトン)、ゴルフ場はアリゾナ拠点のトルーンゴルフの2社に決定し、新生シーガイアがスタートを切ったわけです。
 その内容を掻い摘んで説明しますと、タスクフォースなる約40名の外人部隊が続々と乗り込んで参りまして、ホテル支配人・調理長・人事部長・経理部長…主要ポストは全て外人に変更となりました。
 この時点で事業再生の方向性をスターウッド(SW)はこの様にマスコミに発表しております。

 『新生シーガイア経営チームは、マーケティング、人事、食品および飲料、レクリエーション、客室管理などの各分野での経験およびノウハウを持った専門家がそろっており、シーガイアの今後の事業展開に必要な斬新かつ抜本的な改革ができる人材で組織されています。このチームが持つ商品およびサービス基準の向上に関する明確なビジョン、リップルウッド社が持つ十分な資力により、"世界クラスリゾートの確立"を実現していきます』。
 アメリカのホテル標準会計システムの導入、シェラトンスタンダードなる言葉を錦の御旗として、今まで我々が培ってきたフェニックスイズムを根底から覆そうという作戦でした。
当然、様々な部署で衝突があり、この時代は今思うに変革期の混沌とした状態であったと思います。
 そのタスクフォースの中で営業・マーケティングの責任者として任命されたのがマイク近藤なる31歳の日本人の若者でした。
 彼が一つだけ外のメンバーと違っていたのは、日本のローカル地である宮崎の伝統・風習・宮崎人のマインドを旨く掴み、人の話しを良く聞き、必ず1回は全員に平等にチャンスを与え、そのチャンスを成功に導いた社員は次のステップに登用し、仮に失敗しても再チャレンジの意思確認を行い機会を与えるという手法でした。
 小生の過去の経験で年下の上司は初めてであり、なおかつ派手で宮崎人には似つかわしくない演出を求める彼の指示には当初は抵抗がありましたが、様々な局面で見せる彼の純粋さが徐々にシーガイアの若い社員の間で浸透していき、いつしかカリスマ的な存在となっていました。
彼との出会いが小生のビジネスマンとして大きく変革したターニングポイントであったかと思います。
 しかし、神様は非情なもので日々のオーバーワークがたたり、僅か32年の人生に幕を下ろすのでした。(詳しくは2006年オータパブリケーション「鯨を釣る男」をご覧下さい。)
彼が居なくなってからのシーガイアは一体感が無くなり、各部署が勝手に好きなことをやり始め迷走期間に入っていきました。
 それを察したグレニー社長は日本語が喋れる白人を総支配人に登用したり、プロパー社員の登用をしたり様々な作戦を行い、再生を目指したのですが、旨く軌道に乗れず低迷したままでした。
 その様な状況を打破するために、RWが次に目をつけたのが、日本人の社長(丸山)でした。
皆様もご存知の通り、丸山は田中康夫氏が知事を勤めた長野県の雇用促進部長からの転進でホテル業界のことは全くといっていいほど経験が無いものの、次々に斬新なアイディアを我々に提案し社内改善をしていきました。
6S、社員のモチベーションアップ、顧客満足度の向上、若手社員の抜擢、社長自ら講演でシーガイアの再生現状の説明、コストカット…その中でも、大きかったのが運営会社2社(SWとトルーン)との契約内容を見直し、SWはいままでのマネージメント契約からフランチャイズ契約に、トルーンとは契約打ち切りを行い、40人いた外人部隊もマネージングディレクター1人にしました。
様々な作戦が功を奏し、一昨年はEBITDA(税引前利益に支払利息と減価償却費を加算したものであり、他人資本を含む資本に対してどの程度のキャッシュフローを産み出したかを簡易的に示す利益概念である。)でプラスに転じるほど業績が回復しました。

 前期1年間も徹底したコストカットと、ミニバブルかと間違うほど経済状況が良い東京からの大型グループゲストの獲得により、3月決算ではシーガイアオープン以来初の営業黒字が見込めるところまで参りました。
 過去には年間赤字の元凶とまで言われたオーシャンドームが、何と前期は単年度黒字となる予定です。
 運営形態を季節営業とし、福岡を中心とした夏休み家族連れ、宮崎地元のお客様・・・が大勢お越しいただきました。
 いままでは、地元の皆様に多大なるご迷惑、ご心配をお掛けしましたが、ここに来て漸く走り出せる体制が整ったのかと感じております。
これからは、第一関門である経常利益を出すべく、地元スタッフで頑張って行きます。
 シーガイアは佐藤棟良社長が宮崎に造った財産であることを再認識し、我々宮崎人が運営し、宮崎県民に愛される本当のリゾートとして未来永劫存続する様、微力ですが全力で取り組んで参ります。
 皆様方も何卒ご理解とご協力をよろしくお願い致します。
 本日は有難うございました。

菊池慎一郎会員
 先月から入会させて頂きました菊池慎一郎です。どうぞよろしくお願いします。
 本日は卓話の機会を頂いたわけですが、入会ホヤホヤの私が諸先輩方の前でどうこうというお話はとてもできませんので、現在自分のやっている仕事の簡単な紹介と最近ちょっと目に留まったある記事の紹介をさせて頂いて、私の卓話にかえさせて頂ければと存じます。
 弊社は「菊池商店」と申しまして、創業が昭和8年、私で三代目になります。ちなみに、初代、二代目とも西ロータリークラブの会員としてお世話になりました。所在地は橘通西4丁目、宮崎銀行本店の真向いにあり、肥料及び畜産の飼料を販売しています。
 宮崎県内を中心に(一部商品は九州全域をエリアにしていますが)卸売をしている部門と直接小売をしている部門があります。お得意先は、農家、農業法人、畜産生産者、ゴルフ場、スポーツ施設や公園関係の方々、そして各地域のご販売店様ということになります。
 弊社の特徴は、ただ肥料・飼料を販売するというだけでなく、基本となる土作り・栽培技術の指導や場合によっては経営サポートまでサービスの一環として行っているということと、どこよりも役に立つ情報提供を積極的に行い農家・生産者の方々に安全でおいしいものを作って頂いているということであります。
 最近は特に、作った野菜を売って欲しいとか流通ルートにのせたいという希望が多いので、契約栽培のみならず産直や通販、ネット販売などの販売先・バイヤーさんの紹介・斡旋等にも取り組んでいます。
 農業・畜産業界とも非常に厳しい現実があり決して楽ではありませんが、「常にお客様の目線でものを考え、誠心誠意努力し、お客様に喜んで頂く」ということをモットーに、日夜努力を続けております。
 もう一つ、本日私が皆様にご紹介したい記事と申しますのは、東国原英夫知事がまだタレントだった頃の平成10年に、知的障害のある人の尊厳と権利を支援する組織である「全国手をつなぐ育成会」という団体の機関紙に寄稿された文章です。これを先日、宮崎の育成会の会長さんが地元の会報で改めて紹介されておられまして、実は私の次男も障害をもっております関係で目を通す機会があり、その際大変共感を覚えましたので少し長いのですがご紹介したいと思います。声があまりよくありませんので、お聞き苦しいかもしれませんがご容赦下さい。

『何かを伝える』 そのまんま東(タレント)
今年小学二年生になる僕の息子は心臓が弱い。年に何回か心臓に小さな器具を一日中付けて心臓のようすを検査しなければならない。あどけない胸につけられた見たこともない複雑な機械を見ていると涙がこみ上げてくる。できることならかわってあげたい。心臓の病いは日常の行動が著しく制約される。激しい運動はもちろん、不十分な睡眠や他にも心臓に負担のかかる要因になるもの全て、例えば人前で発表することや初恋や隠れんぼに至るまで、なるべくドキドキすることを制限されるのだ。それは時として彼を無気質な人間にかえてしまう危惧がある。
 僕がまだ小学生のころ、息子と同じような機械を年に何回か胸につけているクラスメートがいた。名前を瀬戸山昭といった。僕は特に彼と親しかったわけではなかった。一週間に数回会話を交わす程度である。会話といっても掃除のこととか、分母と分子の関係についてなど、極めて事務的なことだけである。彼はいつも体育の授業を休んだ。水泳も鉄棒もポートボールも彼にとって動く映像でしかなかった。反面僕は体育の授業はいつも一番の成績であった。四五分間の授業中いつも僕は彼と何回も目線が合った。しかし二秒以上見つめ合うことはなかった。それは僕が自分でこんなに動き回れることがなぜだか彼に申し訳なかったし、いつも体育座りで四五分間を過ごさなければならない彼に対して何もしてやれない自分にいたく腹が立ったからだ。とどのつまり僕は彼にどう接していいか皆目見当がつかなかったのだ。
 小学四年の九月、運動会で、僕はクラス対抗リレーの選手に選ばれていた。大会当日瀬戸山君は来賓のテントの中にいた。隣には中年の看護婦さんが行儀よく座っていた。僕がまさにクラスの威信をかけて二位から一位になろうとするとき、ちょうど瀬戸山君のテントの前を走っていた。
チラリと彼を見ると、彼は細い身体を大きく揺らし大声で何かを叫んでいた。彼の言葉は走っている僕にははっきりとは聞きとれなかったが、僕の走りに彼がすごく興奮していることは明らかだった。僕が走ることによって彼が喜んでくれている。彼のために僕が今すべきことが確実に目の前にあった。僕はそれで十分だった。僕が見事に一位になった瞬間、彼がグラウンド中に響く大声で「やったー!」と叫んだ。彼は大空を見上げて小躍りをしている。あんなにうれしそうな彼を見たのは初めてであった。そしてそれは僕が見た最後の彼の姿であった。まもなく彼は病院に入院し、やがて他界した。
 僕は五年生の運動会のときも六年生のときも来賓のテントの中に彼の姿を捜したが、彼はもうそこには二度と現れなかった。

 僕の住んでいるマンションの二階に知的障害のある女の子が住んでいる。年の頃は十二〜十三歳くらい、実に切ない年ごろである。両親の職業は共に医師で、とても明るく強い人物である。
時々母に連れられた彼女に会う。会うたびに彼女は僕のことを不思議そうに注意深くのぞきこむ。
僕は必ずニコッと笑ってみるが、彼女は決して笑わない。
 九七年の夏、彼女は一人でマンションの前の駐車場の大きなブナの木の根元に蹲っていた。僕は心配になってそっと彼女に近づいてみた。彼女は木の根っこあたりを一心不乱に見つめていた。
見るとそこには大きな蝉の脱け殼を小さな蟻たちが力を合わせて懸命に巣に持ち帰ろうとしている光景があった。しかしこの大きな獲物を一体どうやって蟻たちは自分たちの小さな穴に入れようとするのだろうか、僕はふと疑問に思った。瞬間彼女も小首をかしげたように見えた。僕と彼女の疑問はほぼ同じであるように思われた。彼女は言葉にならない声を発しながら、しきりに蟻たちを応援しているようである。当の蟻たちは蝉の脱け殻が巣に入らないことにようやく気づいたらしく一気にパニックに陥り、一回獲物を放り出し、回りをものすごいスピードで右往左往しはじめた。そのようすが少しこっけいに見えて思わずクスクスと笑った。すると彼女もその姿がおかしかったのか、かすかに笑ったように見えた。その後、しばらく彼女と僕は無言で蟻たちの行動を見守った。しかし蟻たちになかなか名案は浮かばないようすだった。
 そのうちリーダー格の一匹がやおら蝉の足に喰らいつき解体作業に入った。そこからの蟻たちのチームワークは目を見張るものがあった。全員が一斉にそれぞれの持ち場のパーツを解体し始めた。時間にして数分、あっという間に作業は終了した。その手際の見事さに僕は思わず拍手をした。彼女も満足そうに僕のまねをしてぎこちなく手をたたいた。蟻の群れは僕らに確実に何かを伝えていた。そして蟻と蝉と彼女と僕にはその時いくつかのある種の共通点が生じていた。それは根源的欲望をもつ生物として生き続けようとする潜在的能力と生き続けなければならない神々から与えられた運命、そして蟻が僕たちに………彼女が僕に…………それぞれ何かを教えてくれたように、他に伝える何かがある限り自己の存在理由はあるという証明である。
 蟻の生業が全部終わったころ突然彼女が空を見上げて何かを叫んだ。彼女が叫んだ内容はわからなかったが、彼女が喜びを大空に伝えようとしていることがわかった。それはもしかしたら彼女が生きていることを訴えかけている合図なのかもしれない。
 彼女が見上げた空は一点の曇りもなく、僕と瀬戸山君が小学四年のあの時も変わらず長い歴史の中で多くのものを純粋に見続けている存在として永遠にそこにあった。
   全日本手をつなぐ育成会
 機関誌「手をつなぐ」平成10年10月号に寄稿
本日の司会 プログラム委員会 前園善彦委員

(週報担当:高橋雅弘)