第2309回例会/平成19年3月23日(金)

第2309回例会
●例会場 コンベンションセンタ−サミット
●例会日 3月23日

ビジター    : なし
会   長 井手脇 万 詔
副 会 長 衛 藤 清 隆
幹   事 西 岡 昌 志
会報委員長 黒 木   寛

出席状況
会員  : 72名
本日出席: 47名      本日欠席: 25名 
出席率 : 66.67%    前々回修正(3月9日分)76.39% 
ロータリーソング: 日も風も星も
ゲスト     : 国際奉仕賞(サミット賞)表彰者 大野弘明氏
卓話者     :   〃


本日の例会プログラム
3月30日
観桜会」 18:00〜 例 会 例会終了後 
          懇親会 於 垂水公園
3月は「識字率向上月間」

四つのテスト
1 真実か どうか
2 みんなに公平か
3 好意と友情を深めるか
4 みんなのためになるか どうか


例会変更・行事予定告知板

例会変更 
・宮 崎 南RC 4月2日(月)19:00〜 観桜会 
場所 シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート1階パインテラス
・西  都RC 4月3日(火)18:00〜 観桜会 場所 西都原公園・都  城RC 4月6日(金)18:00〜 観桜会 摂護寺
・都 城 北RC 4月17日(火)→4月14日(土) 創立40周年記念式典 
場所 市総合文化ホール並びに都城ロイヤルホテル
・都 城 西RC 4月4日(水)18:30 観桜会 場所 ホテル中山荘
 

会長挨拶(井手脇 万詔会長)
 春は、別れや出会いの季節です。会員の中にも転勤の方もいらっしゃるようですが、我がクラブの例会場も、平成18年2月3日(2256回)の例会よりお世話になりましたサミット、サンホテルより変更することになり、本日が最終例会となりました。色々な楽しい行事も数多くあり、特に家族晩餐会など盛り上がった思い出があり、合計55回の例会を実施して参りました。
 来週の例会が観桜会のため、本日が最後になります。ホテル側には大変お世話になりました。感謝とともに厚く御礼を申し上げます。有難うございました。
 ニューフレンドの「菊池慎一郎」会員を紹介します。ロータリーも理解が進んでいるものと思います。若いエネルギーで活躍を期待しています。
 さて、本日は西暦2000年に開催された先進国主要外相会議を記念して創設いたしました、我がクラブのサミット賞の贈呈式を、外相会議の会場となった当サミットホールで、しかも最後の例会の場で執り行うことは何かの縁でもあると思います。
 それでは早速、本日の受賞者であります矢野弘明さんをご紹介いたします。矢野さんは海軍の嘱託として通訳に当たり、インドネシアのセレベスで終戦を迎えておられます。昭和23年1月に復員し、語学の力を生かしてインドネシア友好協会を設立し、第2代の会長を務めておられ、インドネシア人を交えての交流会を開催されて側面より援助されておられます。
 最近は、国際間の理解と親善はあらゆる職業、性別を超えて身近なものとなりつつあります。矢野さんの活動は、国際奉仕に貢献した個人または団体に贈呈するサミット賞の理念や理想に鑑みても、地域を越えて高く評価されるものでありますで、理事会で授賞を決定したところです。
後ほど贈呈式のなかで詳しくご紹介があります。終ります。

幹事報告(久保 裕副幹事)
1.ロータリー財団の寄付のボックスを回します。
2.例会場の変更 次回は観桜会、4月6日より宮崎観光ホテル3.4月よりネームプレートが変更になります。現在使用のものが欲しい方は持ち帰っていただいてかまいません。
4.退会者の案内
  石井会員、阿部会員、押川会員 3名
  石井会員は退職、阿部会員・押川会員は転勤です。
5.新入会員候補者
  小林秀明(時事通信社宮崎支局長)
  松尾敏三(日興コーディアル証券宮崎支店長)
6.古紙回収場所の変更→宮崎観光ホテル立体駐車場の東側になります。

出席委員会(押川 幸男委員長)
 本日の出席状況(前記の通り)

退会挨拶(押川 幸男会員)
 7年前に久保会員をスポンサーとして入会させていただきました。いろんな異業種の方との交わりがあり、大変よかったと思います。
 前田会員の大学に入学されたということに元気づけられまして、本日宮崎大学の卒業式が行なわれましたが、私も卒業生の一人として出席しました。今度は、未だ勉強がしたくて、東京都の六本木の女子大学に入学しようと思っています。勤務先は神奈川県の湘南の教会です。皆様とは温かくおつきあいをしていただきありがとうございました。これからも、宮崎西ロータリークラブが益々発展しますよう祈念致します。ありがとうございました。

親睦委員会(金丸 宜裕会員)
 観桜会の案内 3月30日(金)垂水公園 17時30分 宮崎駅東口よりバスが出ます。
 まだ空席がありますので参加をよろしくお願いします。酒類のご寄付もよろしく。

退会挨拶(石井 浩二会員)
 3月末で宮崎銀行を退職することになりました。平成15年9月に入会致しました。その間、何も貢献しませんでしたが、皆様と出会えたことは大変大きな財産となりました。4月から県の監査委員として、宮崎におりますのでこれからも今迄どおりのおつきあいをお願いします。
 最後、西ロータリーの益々のご発展を祈念しまして、ご挨拶にかえさせていただきます。大変ありがとうございました。

(外山 三博会員)
 3月30日(金)県議会議員の告示日となり、観桜会で皆さんといっしょで一杯飲みたいのですが行けません。
 今回は選挙区が変わり大変です。やるからには無様なことにならないように、西ロータリーの名誉の為にもガンバリますので、よろしくお願いを申し上げます。
「サミット賞」贈呈式
 国際奉仕賞(ブラッドリー・ヤックスリー会員)
 「表彰者 矢野 弘明氏」の紹介
 矢野さんは興亜専門学校(現 亜細亜大学)でマライ語科を専攻した経験から、インドネシアで海軍の嘱託として通訳にあたる傍ら、独立運動を進める若者たちの指導役も務めました。そしてセレベスで終戦を迎えました。
 このインドネシアでの体験から、終戦後、本県に同国の留学生が来るようになった1954年(昭和29年)にインドネシア友好協会を設立し、初代の浜田会長の後任として第2代会長を務め、同国からの留学生のお世話を行い、宮崎県内の企業に研修に来た人たちとの交流も行っています。
 これまでに一ツ葉海岸沖で座礁したインドネシアの乗組員の支援や、インドネシア・ジャワ島中部地震の被災者への救援募金活動など行っており、また、絵画を通じて両国児童の国際交流の橋渡しも数多く行っておられます。
 今でも友好協会として年に一度、留学生や在宮のインドネシアの人たちを交えて交流会を開催しています。
 この矢野さんの活動は我クラブの国際奉仕賞(サミット賞)の理念に合ったものであり、受賞にふさわしいと考え、本年度の宮崎西ロータリークラブ国際奉仕賞(サミット賞)として選考、表彰いたします。

 こんにちは!! 唯今、身にあまる表彰を頂き、誠にありがとうございます。私としては、人間としてやれるだけのことはやろうじゃないかという気持ちでいたので、ずっと引き続いてやれたと思っています。こういう機会ができたということはありがたいことで、感謝しております。ありがとうございました。
 インドネシアとの関わりについて昔のことからお話しをします。
 私は、今の亜細亜大学のインドネシア語学科で勉強しておりました。そんなことから海軍省より、50名出せということから私の学校より50名、南方へ行くことになりました。
 仕事の内容は、海軍嘱託ということですが、実は特務関係で、敵地に入っていくスパイと入ってくるスパイをつかまえるのと2つありました。私達は入ってくるスパイをつかまえようという仕事です。私は復員は昭和23年でした。戦後20年より6ヶ月間4人で逃げていました。終戦になり負けたら銃殺になるという思いがあり逃げたわけです。仲間60数名の中で4名だけでした。
 私は本部に連絡に行き、説得され、皆んなと帰ろうとしたのですが、残り3人は説得に応じず、3ヶ月後出てきてオランダの宿舎に爆弾を投げ込みつかまりました。
 昭和21年に私は戦犯容疑でつかまりました。3人はすでにつかまっており、私のことはすべてしゃべっており、オランダ憲兵は私のことは全て知っていました。捕虜になり、日本人がやったように大変いじめられました。
 私が帰る迄の間に全部で32名死刑に遭いました。自分で自殺した人も何人かいます。
 収容所はマリンブという所で、オランダ軍がジャワの移民をつれて来た所です。不毛の地で、石灰石で水は白く、ここで2年半の刑務所生活を送りました。
 私が帰る迄に19名の埋葬をしてきました。銃殺の後は我々が後始末をしなければならないので、埋葬しました。私達はいろんな悲愴な経験をしてきましたが、私は毎年ではありませんが、あちらに行くということは、お墓参りもありまして、今年も6月19日には向こうへ行きます。6月19日は3人の命日になるものですから、お墓参りにマダカスカル迄まいります。
 皆様にお願いしたいことは、戦前の日本人は、現地の人と仲良くされ、又、りっぱな人が各地におられまして、あちこちに日本人墓地がありますので、観光のついでに一寸と時間をさいて頂き、お参りをしていただければと思います。
 私は、小学校の絵の交換会をやっております。宮崎の小学校の絵をもっていき、向こうの小学校の絵をあずかって宮崎に帰るという交換会をやっております。向こうは、シンガポールバリ島セレベスです。
 いろんな親善の方法があると思いますが、私はこんな方法で親善をやっております。50年間のことですから、どうお話をしてよいものか、50年間の一つをかいつまんで紹介させていただきました。
 今日は大変ありがとうございました。
(担当:金丸憲一)