第2300回例会/平成19年1月19日(金)

●例会場 サンホテルフェニックス
●例会日 1月19日

会   長 井手脇 万 詔
副 会 長 衛 藤 清 隆
幹   事 西 岡 昌 志
会報委員長 黒 木   寛

国歌斉唱
ロータリーソング: 奉仕の理想ゲスト     : なし
卓話者     : 林  務会員 木村元重会員
ビジター    : なし
出席状況
会員  : 73名
本日出席: 53名      本日欠席: 20名 
出席率 : 72.6%    前々回修正(12月22日分)78.38% 

1月は「ロータリ−理解推進月間」

四つのテスト
1 真実か どうか
2 みんなに公平か
3 好意と友情を深めるか
4 みんなのためになるか どうか

例会変更・行事予定告知板
例会変更 
なし

行事予定告知板
なし

会長挨拶(井手脇 万詔会長)
 本日は、亥年生まれの木村会員と林会員に卓話をおねがいいたします。
 今月はロータリー理解推進月間です。会員にロータリーについて知識と理解を一層深めてもらい、同時にロータリアン以外の一般市民にも、ロータリーのことをよく知ってもらうためのプログラムを実施する月間となっております。
私にとって、ロータリーを理解するためにはまず「ロータリーの友」や「ガバナー月信」を読むことに始まり、各種大会に参加し自分から知ることが大事なことだと思っております。国際的な問題や地域社会での問題を解決することや、改善のためにロータリーが色々なプログラムを推進していることをすでに確認されていることと思います。
 1月28日(日)には都城で「女性会員の集い」が開催されます。女性会員の参加を是非お願いいたします。 2月18日(日)にはIMも開催されます。多くの会員の参加をいただき、ロータリーについての理解を深める機会にしたいと存じます。
 又、色々な情報を発信することによって、ロータリーと地域での社会貢献に繋がっていくことになるものと確信いたします。
 理解推進月間ですので、私たちに一番身近なローリーの徽章(Rotary Emblem)について改めて考えてみました。
 ロータリーは、世界中で奉仕プログラムを遂行するために、クラブレベル、地区レベル、国際レベルで組織されています。私たちが襟ピンとしてロータリーの徽章、歯車を着用していることを考えてみました。この襟ピン一つでロータリアンということが世界中でわかります。24の輪歯、6本の幅、一つの楔穴のある歯車は他者への奉仕となるとロータリアンが「活動する人」であることを象徴しているといわれております。同様に歯車は組織としてのロータリーの機構の真髄も象徴しています。ロータリー運動の各部分は、他の部分と連結するよう設計されています。全ての人に最もためになるよう全体が動くのです。 このように深い理想のもとに作り上げられているバッジの重みを、昨今つくづく感じられずにはおれません。
 如何なるロータリー活動においても、自分を高める努力や自己評価・問いかけを怠ることなく努力していくことが大事なことではないでしようか。挨拶といたします。

幹事報告(西岡 昌志幹事)
 先日昼食を食べにあるレストランへ入りましたら、鶏肉・卵を使用したメニューは無いと言われました。岡崎会員が一番大変な時期であり、宮崎県にとっても、今だからこそ、どんどん鶏肉・卵を食べましょう。
1.米山記念奨学会から感謝状が届いておりますのでご披露いたします。
2.日向中央RC創立20周年記念式典・祝賀会
日時:平成19年4月7日(土)13:30〜
  場所:ホテル日向
3. 都城北RC創立40周年記念式典・祝賀会
日時:平成19年4月14日(土)16:00〜
場所:都城市総合文化ホール、都城ロイヤルホテル
4. 日本RC親睦ゴルフ全国大会
日時:平成19年3月12日(月)
場所:沖縄 琉球ゴルフ倶楽部
 * 以上参加希望の方は事務局までご連絡ください。
5.本日例会終了後、理事役員会を行います。

出席委員会(児玉 寛太郎副委員長)
 8週連続出席者  竹内三郎会員・菊地 平会員・ 黒木育子会員
 2月16日は100%出席例会日になっていますので、よろしくお願い致します。
 本日の出席状況(前記のとおり)

親睦委員会(岡崎 優SAA)
ハッピーボックス
・ 西田英敏会員
 バフ目(研磨傷)を残さない画期的なカーポリッシャー(車磨き)システム「ドンテック」のスペシャルショップ「ドンテックセレブ宮崎」が2月に宮崎にオープン。次世代を生き抜く処方箋は「存在価値があるのは普遍性を持ちつつ変化に対応できる本物だけ」といった記事が、月刊パームス1月号に掲載。
・ 岡崎優会員
 大寒の日に卵を食べると1年健康に暮らせる。風水では金運が上昇すると言われています。皆さんぜひ卵を食べて下さい。

亥年会員卓話 木村元重会員
 亥年生まれの年男ということで、新入会卓話依頼2度目の話しをさせて頂きます。猪というと「猪突猛進」という言葉がまず浮かびますが、向こう見ずに突き進むという意味では私に合っていると思います。このほかに、猪にちなんだことわざをインターネット等で調べてみました。
「猪も七代目には豚になる」何事も長い年月のうちに変化するのたとえでして、猪も七代かわると豚になるというのはなんともいやなたとえです。
「シシ食えば古傷がうずく」古傷がうずくほど精が強いという事。
「猪武者」敵陣に突っ込むことしか知らない向こう見ずな武士の事。
「山より大きな猪は出ぬ」誇張するにも限度があるということ。猪が大きいといっても、棲んでいる山より大きいことはない。等があります。
 それからもうすぐ節分ですが、元来節分とは「季節を分ける」という意味で節分と言うのだそうです。現在では節分というと立春の前日だけを指すようになりましたが、季節の始まりを示す立春・立夏・立秋・立冬の前日はじつはいずれも節分なんだそうです。現在のように立春の前の節分を特にありがたがるのは、旧暦の時代では「立春正月」などといい、1年の始まりを立春付近に求めたことにありそうです。
 節分には「鬼は外、福は内」と言って豆まきをし、まかれた豆を自分の年の数か年の数+1だけ拾って食べて、1年の無病息災を願う風習があります。この「鬼は外」というのは、中国から渡来し宮中で行われていた「ついな」の行事と節分に行われていた方違え行事の中の「豆打ち」の儀式が融合したものだと言われています。
では、なぜ豆をまくのか?
 穀物や果物には「邪気を払う霊力」があると考えられており、豆を蒔くことで豆の霊力により邪気を払い、福を呼ぶと考えられたみたいです。イザナギが黄泉の国の亡者を追い払うのに桃を投げつけるなどの神話も、穀類や果物の霊力によって邪気を払うという点で同じでしょう。
 最近、皆さんも恵方巻というのを聞いたことはないでしょうか。関西ではやりだした行事なのですが、私の記憶では一昨年あたりから、東京のコンビニエンスでも「節分には恵方巻」のようなポスターが貼られるようになったと思います。大阪の商人の街として知られる舟場あたりで明治の初め頃から始まった行事だというのが有力な説のようですが、お寿司屋と海苔業者が売上UPをねらって、キャンペーンをしたことがきっかけだそうです。(何たって、節分の日は「海苔巻きの日」1987年制定)お菓子屋さんのバレンタインデーやホワイトデーと同じです。

亥年会員卓話 林  務会員
 年男の卓話という事でございますが、木村会員のように36歳なら新な意気込みもあろうかと存じますが、悲しいかな60歳を迎えた今、年男としての特段の感慨はございません。というより、むしろ、あ−いよいよ還暦か。60年も生きてきたのか−という思いが実感でございます。
 皆様もご承知の通り、昭和22年生まれの小生は団塊の世代のはしりであります。団塊の世代というのは昭和22年から24年生まれを指す訳でありますが、先日、あるTV番組で「団塊の世代」が取り上げられ、団塊の世代の命名者である堺屋太一氏が「団塊の世代はエンジンのようなものである。このエンジンは機長である先輩の指導の下で一生懸命働いて来た。しかしそのエンジンもそろそろくたびれて来た。だから定年を迎える」という趣旨の発言をされておられました。
 そこで本日は、小生のロータリーライフを振り返る事で、卓話の責任を果たすと共に新しい会員に少しでも我がクラブの過去を知っていただければと存じます。
 小生は、今は亡き日高常一会員のご推薦で昭和63年11月、第29代佐原会長年度に入会のお許しを頂きました。入会1週間後には、当時の大薗幹事の命令で訳の分からぬまま鹿児島の地区大会に出席させられました。
 翌年の阿南会長年度は我がクラブ創立30周年の年であり記念式典が催されました。小生は志多懇親部会長の下でバニーガールの手配やら、我が西クラブ創立時の記事が掲載されている宮日新聞を図書館に出向きコピーする等、奔走した事を覚えております。
 翌年、第31代重城会長年度に、初めて社会奉仕委員長を仰せつかりました。古紙回収以外に何か事業をという事でしたので「フラワースクール」という事業を実行致しました。その当時から環境問題が叫ばれ始めましたので、市内の各小学校に花の種を提供し、育てて貰った花をフラワーショーの会場に展示してもらうもので、子供達に花作りを通して環境に優しい心を育んでもらおうという試みでありました。
 一年間を空けた翌々年、第33代浜砂会長の下でクラブ幹事を拝命致しました。出来の悪い小生を任命された浜砂会長はさぞかし失敗したと思われたと存じますが、その浜砂会長が就任間もなく小生に「林君、三重野GEから地区協議会のホストを頼まれ断れなかった」とおっしゃったのです。そして「三重野GEがおっしゃるには、順番的には西クラブが輩出すべきガバナーを引き受けたんだから」といった趣旨だったと記憶しております。この時、私の負けず嫌いが噴き出ました。「よし地区協議会は立派に成功させるぞ」。そして「次は我がクラブからガバナーをだすぞ」という思いでありました。
 三重野GEよりお誉めの言葉をいただく地区協議会を無事終え、幹事の役目もどうにか終え、今は亡き第34代松本廣行会長年度に入り、私はガバナー擁立に動きました。無論竹内先生であります。私は竹内先生に勉強会の講師と偽り当時のワシントンホテルに、喜島会員や山口賢一郎会員を始め多くの若手を集めガバナー就任を促しました。一向に腰の上がらなかった先生が「志し定まれば気盛んなり」という言葉で立候補されたのは、2ヶ月後の例会でありました。実はその時から、私と先生のお付き合いがスタートしたのです。と言うのは先生がこともあろうに地区幹事に私を指名されたのです。当時48歳の地区幹事は全国一の若造でありました。
 第35代市来会長年度は、竹内先生のガバナーエレクトの年度でもありました。先生から地区資金の在り方について検討をしろという命を受け、全国各地区から資料を取り寄せ、地区資金の実情を調査したり、先生のお供で福岡の会合に出席したり、或いは鹿児島の佐々木ガバナー事務所訪問やら地区諮問委員会出席と多忙を極める一方、ガバナー事務所の事務局員の選考やら事務所開設の問題もクリアしなければなりませんでした。またクラブ内にガバナーの支援態勢を作っていただかなければなりません。とにかく多忙なガバナーエレクトの一年でありました。
 第36代志多会長年度のスタートは竹内ガバナー年度のスタートでもありました。この1年間を振り返ってお話しするのはとても時間が足りませんが、若手会員を中心としたセクレタリーチーム、今は亡き長崎会員が奮闘してくれましたガバナー月信、そしてやはり今は亡き日高文雄実行委員長の下でのクラブ挙げての総力態勢で取り組んでいただいた地区大会等々。本当に我が西クラブの暖かい友情と固い団結力に感謝感激の一年でありました。そんな中、私は何をしていたかと言いますと諮問委員会の資料作りや各クラブからの問い合わせ、やりとりやら千宗室RI会長代理への表敬訪問で京都に飛んだりと、やはり多忙な一年でありました。
 ようやく竹内ガバナー年度が終了しホッとした翌年から3年間、今度は地区の職業奉仕委員長を仰せつかりました。各クラブの委員長を集めての研修会の講師をお願いする為、伊丹RCの深川PGや佐世保RCの佐古PGとの折衝、或いは各クラブからの卓話に出掛ける等、やはり多忙な3年間だったのですが、かたやクラブ内におきましても第38代前田会長年度にバングラディシュ医療支援プロジェクトがスタート。竹内先生、日高照雄会員と現地視察に出掛ける事になったので。
 このプロジェクトは最終的には病院建設までに至り、第39代吉田会長年度には10数名の会員で落成式に出席をして来ました。
 3年間の地区委員長から解放された翌年の小林会長年度は創立40周年であり、小林会長より記念式典の実行委員長を仰せつかり、翌年の第41代菊地平会長年度にはローターアクト創設に向けた準備を仰せつかりました。どうもこの辺りから私のエンジンもくたばり始めたようです。当時、不況に陥った業界の理事長を務めていたこともあり、2年程、お休みをさせて戴いてたところ、第44代喜島会長から副会長就任を要請されました。実は以前、子供の学校のPTA会長を私から喜島会員に無理やりバトンタッチして戴いた経緯があり、お断りも出来ずお引き受け致しました。しかし就任7ヶ月後の2月、女房が白血病に倒れ、東京の病院との週1回の往復が1年5ヶ月続きました。第45代小田原会長を全くサポート出来なかったエレクトの1年でありました。
そして女房が生死をさまよい始めた7月1日、私の会長年度がスタートしたのでありますが、5日後の7月6日にあの世に旅立ちました。
 さて、私の会長年度でありますが、妻の法要やら相続の手続き等、煩わしい用件が目白押しでありましたが、なんといっても10年ぶりに菊地Gを輩出致しましたから休んでいる訳にはまいりません。会員の皆様の絶大なるご支援で地区大会も成功裏に終えて戴きました。急に飛び込んだライラも無事終える事が出来ました。とにかくクラブの皆様のご支援に支えられた一年であったように思います。
 さて、こうやって私のロータリーライフを振り返ると、確かにエンジンをフル稼働させていたのかも知れません。しかしあまり実感はありません。これは小生一人が行動していたのではなくクラブの皆様と共に行動してきたからであろうと思います。
 いよいよ本年、還暦を迎え世間では定年となるわけでありますが、ロータリーには定年がありません。私も若干くたびれかけてるエンジンを補修しつつこれからもロータリーライフを楽しんで行きたいと存じます。

 最後に一言言わせて下さい。ある企業で、メーキャップをしに、会社の従業員を寄こす経営者の方がいるそうです。これは大変な考え違いで、ロータリーは企業として法人として入会しているわけではありません。あくまでその人個人として入会して頂いているのですから、メーキャップはご本人が行くようにして下さい。

本日の司会 プログラム委員会 岩切承自委員長
(週報担当:上杉兼一)