第2295回例会/平成18年12月1日(金)

12月は「家族月間」

例会変更・行事予定告知板
例会変更 
・高  鍋RC 12月28日(木) 特別休会
・西  都RC 12月19日(火)(夜間例会) クリスマス家族集会 場所「敷島」
・延  岡RC 12月19日(水)18:00〜 忘年家族会 「ホテルメリージュ延岡」
行事予定告知板
・12月8日 新会員卓話 土屋広明会員
・12月15日 ゲスト卓話 宮崎地方検察庁 次席検事 名倉俊一氏 「裁判員制度について」
・12月22日 年末家族会 18:00〜 例会 例会終了後 懇親会 於 パインテラス(松泉宮1階)
・12月29日 特別休会
・平成19年1月5日 特別休会


会長挨拶(衛藤 清隆副会長)
 菊地PGは、冨永国俊G病気療養の為アクティングガバナーとして代行されることになりました。後ほどお話をして頂きます。
 ニューフレンドの諏訪 博也さんをご紹介します。
 今日から師走です。終わり良ければ全て良しと言う言葉がありますが、今年を全て良しで終ればいいなと思っています。例会スケジュールも、来週は年次総会です。次年度の新執行部の方々が発表されると思います。いよいよ次年度が動き出していくのだと実感しています。山口会長エレクトにエールを送りたいと思います。
 今日は、私の感動した話をして挨拶といたします。言葉が心に与える影響は大きいと思います。皆様も経験があると思います。テニス界のプリンスと言われた松岡修造さんも、コーチの一言の言葉によって人生観が変わったそうです。
 彼は、98年のジャパンオープンを最後にプロツアーを卒業、と同時にジュニア育成とテニス界の発展のために、テニス活性化プロジェクト「修造チャレンジ」を設立し、彼自身が直接指導、ジュニア指導を全国で展開中です。
 そうして今、指導者となった松岡さんは、守っている事が一つあるそうです。それは若い人を絶対‘けなさない’事だそうです。そのわけは松岡さんにとって、一言の言葉による思い出があったからだそうです。それは、高校一年のときの体型だそうです。当時は身長164cm、体重71kgとやや肥満気味だったそうで、コーチから「素質が無いよ」「だめだよ」とよく言われたそうです。
 そして、高校2年の時にテニスの名門、福岡県の柳川高校に編入します。その年の高校総体で、シングルス・ダブルスの団体で三冠を達成、さらに柳川高校を中退、単身フロリダ州タンパにあるテニスキャンプに参加、86年地元にあるパーマアカデミーを卒業後プロに転向、プロとして一流になった後も「素質が無いよ」がつきまとったと彼は言っています。
そして、95年のウィンブルドン大会でベスト8に残り‘夢’のセンターコートに立った時「素質が無いよ」が脳裏に浮かんで消えなかったそうです。
 この苦い経験で言葉の恐ろしさを知ったそうです。だから自分は、子供を‘けなさない’コーチ・指導者になりたいと決めたそうです。
 私は、あの明るい爽やかな松岡選手でさえもと思いました。

菊地 平PG挨拶
 衛藤副会長のお話にありました通り、冨永国俊地区Gが急遽入院すると言うことになりまして、職務執行不可能と判断されましたので、今日からガバナー職に復帰することになりました。なかには、地区大会をもう一度やったらいいんだがとか、あるいはPGからは公式訪問にもう一回来てと声掛けもあり、大変うれしいことです。
 月信は、1月号から執筆いたします。事務局その他は、川内市をそのまま生かす事にしております。
 ガバナーを辞めるときに、もう一遍やれば立派にやれるのだがと言いました。井手脇会長は、もう一遍という言葉をお使いにならないように。
全国にも類を見ないアクティングガバナーとなりますが、どうぞご支援をお願いしたいと思います。
 次年度、地区の研修リーダーになっていますので、3日間のゾーン研修会に言ってまいりました。冒頭のアドレスでこういうことを言われました。「ロータリーは偉大なり。」教育支援、世界社会奉仕に代表されるポリオプラス運動全てが偉大である。もっと偉大なのは、ロータリーとロータリアンが謙虚であるということである。ということで、私も謙虚に寄与したいと思います。
幹事報告(西岡 昌志幹事)
1. 本日例会場のレイアウトを変えてみました。いかがでしょうか?
2.鹿児島東RC創立20周年記念式典の案内が来ております。
  平成19年2月24日(土)16:00〜
  鹿児島山形屋 
  参加希望者は連絡ください。
3.来週は年次総会です。よろしくお願いします。

出席委員会(比江島 昌信委員)
 本日の出席状況(前記のとおり)

親睦委員会(前畑 智之委員長)
 12月結婚祝 上杉兼一会員・澤野淳次会員
 12月誕生祝 市来 斉会員・岩切宏海会員
 浜砂猛敏会員(喜寿) 船蔵尚子会員(喜寿)
ハッピーボックス(岡崎 優SAA)
・本日出席の歴代会長
竹内三郎会員・日高照雄会員・阿南育男会員・浜砂猛敏会員・市来 斉会員・前田暢俊会員・吉田多穀会員・菊地 平会員・喜島 健一郎会員・小田原 義征会員・林 務会員
 今後ともご指導くださいますようよろしくお願いいたします。
・12月結婚・誕生月を迎えられた方々
上杉兼一会員・澤野淳次会員・市来 斉会員・浜砂 猛敏会員・船蔵 尚子会員
※ギフトシーズン 年末の贈り物は会員企業から
・日高照雄会員(日高時計宝飾店)
 クリスマスプレゼント予約承り中12/7までティファニーのジュエリー。奥様へ、成人を迎えるお嬢さんへ記念ジュエリー。
・山口賢一郎会員(山口商店)
 オランダ巻、伊達巻などの蒲鉾詰め合わせをご贈答に。
・日高久夫会員(お菓子の日高)
 冬ギフト、新しいこだわりキリチーズ(キリ大福)フランスのチーズで生クリームの美味しさがチーズの中に生きている。 
・久保 裕会員(宮崎美老園)
 お茶のベストセレクト品をご贈答へ。ホームページ通販でも承ります
・岡崎 優会員(岡崎鶏卵 宮崎店)
 ギフト商品を取り揃えております。

浜砂会員(ご会葬の御礼)
 私の母が先月18日に亡くなりました。雨・風の強い日でありましたが、多くの会員の方にご会葬頂きましてありがとうございました。母は、明治40年1月1日生まれの97歳でした。一番の親孝行というのは、私達は7人兄弟ですが、今まで一人もかけなかったことです。
会員卓話(山口 賢一郎会員)
 私は新入会員卓話以来、卓話はしていないので、そのせいか何か板に付いて居ない感じがしますが、板に付いていないと商売のほうが…… 私の卓話の為ではないでしょうけれども、会場のレイアウトが普段と違いますし、歴代会長の方々が一番前の席にいらっしゃいますので緊張いたします。
 本日は、神武大祭の歴史についてお話させて頂きます。
 御神幸祭130年の歴史があり、国幣大社宮崎神社時代の明治9年10月27日に始まった。明治10年西南の役のため江田神社に御疎開、御神幸を中止。瀬頭にお旅所が建築され、この年から御鳳輦は中村御旅所に一泊、瀬頭に一泊することになった。昭和16年宮崎神宮祭祀奉賛会が組織され、翌年から御神幸祭は奉賛会が司ることになった。昭和20年終戦の為中止。21年に復活されたが、宮崎神宮養正講によって御神幸祭が執行された。昭和24年宮崎交通の提供でシャンシャン馬道中が神賑隊に供奉することになった。
 初年度は、4頭のシャンシャン馬が供奉した。
 昭和25年9月宮崎商工会議所を主体とする宮崎神宮御神幸祭奉賛会を組織し25年から奉賛会が御神幸を施行することになった。昭和37年県庁新庁舎の落成祝賀会を含め特に盛大に挙行された。東京からバンドガールが参加、宮崎検番の屋台が戦後初めて参加した。40年から御神幸祭は2日制となる。
 昭和42年宮崎青年会議所が交通安全キャンペーンにて「カードラ」で初参加。翌年「JC太鼓」が初参加する。昭和46年御神幸祭は従来の慣習を破って、宮崎青年会議所の提唱により26日の本宮祭後の初めの土曜日と日曜日と定めた。昭和48年御神幸の沿道の奉献のぼりが“交通を阻害するものとして”を理由に姿を消す。昭和52年宮崎青年会議所が本年より神賑隊の行列の進行運営に当る。昭和55年宮崎青年会議所の企画により、神賑隊の先駆者として「ミス観光宮崎」が行列に華を添える。日向木剣おどり初参加。
 平成元年昭和天皇の御喪のため御神幸祭を中止。平成8年宮崎商工会議所青年部の「神武子供太鼓」10年「子供獅子」が初参加。平成13年ミスシャンシャン馬が企業からの代表選出となる。
 過去3年間の神武様(平成15・16・17年)前実行委員長が「神武大祭を全国ブランドにしよう」と提唱され、
 1.新しい価値の創造
 2.伝承文化の再発見
 3.地域の活性化 
 を重点として取り組まれました。
 御神幸行列と神賑行列を分けることは、英断で見事だったと思います。前夜祭は16年雨、17年雨、18年晴れでした。しかし、県庁本館ライトアップは非常に評判がよかったので、旧県立図書館を含めた町並み観光コースとして考慮してはいかがでしょうか。また、市内の夜神楽・煮つけ料理のふるまいを実施。
 御神幸行列は、平安時代絵巻・御鳳輦が出御、絢爛たる平安絵巻。神賑行列に平成17年より古代船おきよ丸が加わる。全長12m幅2.2m高さ2.6m、重量3t、宮崎神宮の杉及び県産杉材使用、原型は西都原古墳出土埴輪(船)。神武広場は、各市町村代表伝統芸能・県内神楽・太鼓12グループ(県内の太鼓グループ数は日本一)
 今年は私が実行委員長を務めさせて頂きまして、実行委員長代行・実行委員長補佐・副実行委員長は宮崎西RC会員で占め、28日の神武天皇 小林会頭、武官 浜砂副会頭、29日の神武天皇 植松会員、武官 大薗会員と重要ポストは全て西クラブの会員の方々にご登場ねがいました。
 ポスターを商店街に一軒一軒配布し大歓迎を受けました。お成り道を作るため、商店街の若手経験者が縄を張り、御幣を飾り付けてくれました。それを見て神武大祭は再構築できる。商店街は必ず再生すると確信しました。
 神武様PR用パンフレットの私の顔写真について、「普通の人じゃ、ねわなあ」「もちっとましなつは、ねかったっちゃろかい」吉田信一郎君や大薗さんから言われて、家族までが「そのままやったね」しかし、宮崎日日新聞掲載の写真には、「いい顔している」と誰もが絶賛。いつか拡大して使いたいと後輩たちにいわれた。
 神武様の問題点として、神様への畏怖が欠けている。御鳳輦に手を合わせる人がいない。シャンシャン馬を増やしたいが、人を恐れない馬がいない。行列が止まって動かない等。
 これからの神武様はどうあるべきか。昼の行列を充実させ、昼に人を集める。そのためには、御神幸行列を本来の姿に戻す。他の祭りやイベントとの違いを明確にする。正しく継承してゆくために、年長者の意見や経験談を活かす必要がある。日程を固定して県内各企業のカレンダーに記入できるようにする。県内市町村の代表的な伝統芸能を、神賑行列に参加してもらう。
 御神幸が終わり、今年も最後の月となり、私の卓話も終わります。
 夏越の音頭の一節です。