第2263回例会/平成18年03月24日(金) サミットホールで
会長挨拶(林 務会長)
先ず始めに、卓話者をご紹介申し上げます。前田会員のお嬢様、河井案里さんでございます。ビジターがお見えでございます。宮崎中央ロータリークラブの脇坂昌弘さんでございます。
もう一人、志多会員の横にいらっしゃいますが、後ほど志多会員から流暢な英語でご紹介があるものと思っております。
今週はワールド・ベースボール・クラシックに釘付けでした。そして、そこには久しぶりに我が祖国、日本を応援する私自身が居ました。皆さん、ご案内のようにロータリーは国際的な組織であります。そして我々ロータリアンは、足元の地域社会だけでなく全世界を見渡した奉仕活動が求められます。R財団への寄金などが好例でありまして、つまり国境を越えた世界平和実現の為の努力を求められます。しかしスポーツとなると違います。なかでもオリンピックやサッカーワールドカップのような国際試合は、自国の誇りと名誉を賭けた国と国の戦いであります。自然に我が祖国を応援していたのは、やはり愛国心なのでしょうか? 高校野球春の選抜も始まりました。延岡学園を応援したいと思います。そして明日はプロ野球が開幕します。私は永遠にタイガースを応援してまいりたいと思います。昨日、宮崎市市民社会活動資金の一部に活用していただくため10万円を寄贈してまいりました。「毎年の寄贈に深く感謝申し上げます」と津村市長より謝辞を賜った事をご報告して、ご挨拶を終わります。有難うございました。
幹事報告(日高 久夫幹事)
私の自宅の桜が、5つ咲きましたので、昨日、開花宣言を致しました。本日の幹事報告は、1点だけです。100万ドル達成のための募金箱を回しますので、よろしくお願い致します。
出席委員会(黒木 育子委員長)
本日の出席状況報告(前記の通り)
前々回、3月10日の修正出席率は100%でした。100%例会で100%を達成しましたので、会長から「ハッピーを」とのことでしたが、ものすごく努力をしましたので、会長からご褒美を頂けたらと思います。以上です。
親睦委員会(金丸 宜裕会員)
ハッピーを、3名ご紹介いたします。
◎竹内三郎会員
3月21日の祭日に、第一回ワールド・ベースボール・クラシックで、王監督率いるオールジャパンが、キューバに勝って、世界一になりました。その夜、私は、宮崎太陽銀行大工町支店の40周年祝賀会に出席。ビンゴゲームで一番となり、最新式の自転車を頂きました。私には、重ね重ねのハッピーな祭日でありました。」
◎久保 裕会員
「この度、長男が宮崎県立宮崎西高校理数科に無事合格することが出来ました。私の母校でもあり、感慨もひとしおです。」因みに久保会員は、第1期生ですので、感慨もひとしおだと思います。
◎志多 克彦会員
自主申告ということで、ご登壇をお願い致します。
(Hello everybody! ……と、英語が続く。ブラッドリー会員が通訳?)「皆さん、こんにちは。今日は私の誕生日です。私は65歳になりました。今日の私はもう高齢者です。ついに私は、年金を得ることが出来ました。しかし、私はそれはあまりうれしくありません。そして、今日の私のHappyは、そのことではありません。
私のHappyは、一昨日、私の娘にHalfの女の子が生まれたことです。女の子は、私の5番目の孫ですが、Halfの孫は特に可愛いです。ここで、私の義理の息子を紹介いたします。Mark
Coreyです。彼は、私の娘と一緒にSeattleに住んでいます。そして、生まれた子は彼らの初めての子供です。さて、この孫の誕生は、私のAmerica侵略の第一歩なのです。ブラッドリーのJoy
limited companyのコマーシャルでした。有難うございました。」
ゲスト紹介(林 務会長)
河井案里さんは宮大付属小中から大宮高校を経て慶応大学総合政策学部行政管理コースにご入学。その後同大学院の政策・メディア研究科修士課程を修了された後、科学技術振興事業団にお勤めになられました。その折りに、現在、自民党国会対策副委員長、財務金融部会長代理をお務めの河井克行衆議院議員との出会いがありご結婚。その一年後の平成15年に案里さんご本人も弱冠29歳で広島県議会初の女性議員に当選されておられます。本日は、わざわざ広島からお越しいただきました。最後までご清聴賜りますようお願い申し上げます。
卓話(河井案里・広島県会議員)
皆さま、こんにちは。ただ今ご紹介頂きました、河井案里と申します。いつもいつも、不束な父が皆さまにはたいへんご迷惑をおかけしているのではないかなあと思いまして、本当はこちらに伺うのが嫌だったのです。しかし、父がいつもおかけしているご迷惑を娘の私が代わってお詫びを申し上げに今日は伺いました。
私は、広島県広島市安佐南区で県会議員をしております。3年前の選挙で初当選を致しましたので、まだ現在1期目でございまして、選挙が1年後の4月に行われます。広島市の安佐南区、皆さま、メモを取っていただきましたでしょうか。もし、お知り合いの方がいらっしゃいましたら、よろしくお伝え下さいますようお願い申し上げます。
私は結婚するまで、今まで一度も広島のことを考えたことが無かったわけでございます。しかしながら、科学技術庁(今の文部科学省)の外郭団体でございます科学技術振興機構で勤務をしておりました所、当時落選をしておりました私の主人と、何の因果か引き合わされまして、結婚をすることになってしまいました。「どうして政治の世界に入ったのですか?」と、広島でも頻繁に聞かれるわけです。もともと私自身は、政治の世界に実は非常に興味がございました。科学技術振興機構の入社試験のときに、「どうしてうちを選んだのですか?」と聞かれ、私は次のように答えました。「私はこれまで、社会に対して自分が何が出来るかということで、生きてまいりました。科学技術を用いることで、社会を豊かにしたい」というような事を申し上げましたところ、当時の理事長が「君が言っていることは、社会に対して自分はこうすべきだと言う話であって、自分がこうしたいということではないのではないか。」とおっしゃったわけです。私は、それに対して「しかし、私は自分がやりたいということ、自分が望んでいる本当のことは、社会がこのように変わらなければいけないという使命感のもとに生きていくことが私の望む生き方であります」と言う風にお答えしたわけでございます。私は自分のそういう生き方に対して誇りを持っております。
私が政治の世界に足を踏み入れたのは、ここに座っています父の影響が非常に強かったと思っております。父は建築の仕事を通して、都市に対して、社会に対してどのようなことが自分に出来るか、また社会はどのように変わっていかなければいけないかということを、常に私達家族に説いてくれたように思っております。また私は大宮高校で、生徒会活動に1年4ヶ月携わってまいりました。大宮高校は自主自立という学校のスローガンの下、生徒会の活動を非常に重く扱って下さいました。
その時に、出会った生徒会の指導の宮國先生がおっしゃられたことが、私の人生を決定づけたと思います。つまり、「学校には色々な規則、決まりがある。そのひとつひとつの決まりに対して、反発する気持ちもあるかもしれない。でもただ反発するのではなくて、ではどうしたらその決まりを納得のいくものに変えていくことが出来るだろうかということを考えない。」と先生がおっしゃて下さいました。私はその言葉を胸に、自分の進路を選ぼうと思ったわけでございます。大学に入ります時も、ちょうど日本が大きく変わろうとしている時でございました。例えば牛肉・オレンジ自由化の問題、米の問題、日米構造改革協議、ちょうどこのような波乱の時期でございましたので、政治、政策の道が非常に面白くなって来た時でございました。そうした中で、政策を勉強しようと思いましてこの道に入ったというのが、私が政治の道に入る第一歩であったと思っております。
現在、広島県議会は70名の定員でございます。その中で、女性議員は3名おります。従来、福祉政策は、左の政党の議員や女性議員が主張してきたものでした。しかし、現在、福祉の政策は男性議員、しかも保守系の男性議員が取り組むべき課題へと変わってまいりました。これは福祉政策の中で大きな進歩であると私は思っております。女性議員が福祉政策に関わる場合、どうしても情によって話を進めていくところがあったわけでありますが、男性議員が福祉政策に関わってきたことによって、例えば労働力の問題であるとか経済効率の問題であるとか、そうした視点から福祉政策を取り上げるようになって来たというのは、福祉政策の前進を導くものであると私は大変評価をしております。
広島県は現在人口が288万人おりまして、ずっと人口の減少が続いてまいったのですが、昨年になりまして、人口減少がようやく下げ止まりを見せました。広島市は政令指定都市でありまして、広島県の中でほとんどのものが広島市に集中している形になっております。人口も実に115万人が広島市に住んでおります。私の住んでいる安佐南区は、人口が22万人位で世帯数は8万8千世帯位のベッドタウンであります。広島市はそうしたベッドタウンを周囲に持ちながら、どんどん拡大をして行っているというような状況であります。広島市は市内に小山がいくつもあるんです。そして住んでいる人たちの居住地も、山の斜面に団地を造って住んでいるんですね。ですから、少し高台に登って広島市を眺めますと、向こうに点在する山の斜面に小さな同じような家がずっと並んでいる…、そのひとつひとつを選挙の前になったら歩かなければいけないかなあと思うと、本当に嫌な気持ちになりますが、地形的にはあまり恵まれてはおりません。
産業はどうかといいますと、車のマツダや造船などの機械型産業が、景気の牽引役になっております。私も広島に参ります前は、広島は少し都会なんだろうと思っていたんです。しかし、広島に一歩入ってみますと、皆さん余り都会に住んでいるとは思っていない。それどころか、「広島は駄目だ駄目だ」というような方も多いし、「広島の人は自分の所を悪くしか言わんのお」というんですね。私は宮崎を知っていますので、宮崎でもやっぱり同じように宮崎の事を卑下したり、宮崎は駄目だなという思いが強かったのを思い出すわけでございます。
広島市は多くの課題に直面していることは事実です。広島市は、これまで重厚長大産業の下で発展をしてきた訳です。そのひとつが造船業、それから自動車産業であります。広島にある企業の多くはマツダの関連企業ですし、景気が悪くなる、また良くなる要因はマツダの業績によって大きく左右をされているわけです。この重厚長大産業からの脱却ということを、広島県はずっと取り組んでおりますが、なかなかうまく行きません。もう一つが支店型経済と言われます。広島市は多くの大きな大企業の中国支店がたくさんございます。しかしそれらの支店がどんどん県外に流出してしまっているんです。特に工場が流出して行っていると言う事については、私どもは非常に大きな問題だと考えております。例えば。三菱重工業が広島県に幾つも工場を持っているんですが、その工場をどんどん海外に移したりとか、また隣の山口県の防府市に持って行ってしまうとかで、それまで三菱で働いていた方たちが、何と滋賀県の栗東市まで出稼ぎに行っているんです。広島市で出稼ぎ者が現われるというのは、私にとっても大変ショックでございまして、そうした経済力の低下を大変危惧いたしております。
それから高速道路や空港などの都市基盤整備の遅れが大変目立っております。広島空港は三原市にございますが、市内から車で1時間かかるのに、空港と広島市内を結ぶ鉄道やリニアなりを作りたいということがありますが、それもなかなか進まない。広島は海辺の町でどうしても橋が必要なんですが、それが進まない。それから広島球場の建設も今回、広島市議会で採決をされて何とか前進をすることになったのですが、これもずっと進みませんでした。広島県がこのようなインフラ整備がなかなか進まない大きな原因の一つは、他の地方と同様に借金にあるのです。広島県の年間予算は約1兆円でございます。ところが、県債残高は1兆9590億円、1人当たり約67万円が借金として残っております。こうした膨大な借金と、三位一体改革、地方分権の流れの中で、国からの補助金が削減されるという時代でございますので、なかなか地方でお金をまかなうことが出来ないというジレンマに非常に苦しんでおります。
もう一つは、広島県と広島市の確執がございます。広島市は政令指定都市でありますが、政令指定都市は県からすると大変目障りといいますか、イタリアのバチカンのような感じで、県がなかなか手を出すことが出来ないんです。ですから、殆どの都市基盤整備は広島市に関わるものですが、なかなかそこにタッチすることが出来ないし、予算を県から付けることも出来ません。政令指定都市は県から見ると、なかなか不便な制度であるということです。それから、広島市の食糧自給率が大変低いんですね。全国平均は40%位なんですが、広島市の場合は20%位しかないんですね。これは山がちの地形であるということと、なかなか担い手がいないということがございます。
そういうことで、広島県は、大きな危機感の中にあるということが言えると思います。もちろん広島もそこで手をこまねいていると言う訳ではありません。新しい産業を興して、経済構造を変えていこうという取り組みがずっとなされております。例えば、建設業界はどこでも大変ですね。広島県でも建設業界に従事している中小企業が少しでも建設業以外の業種に進出できるように、資金的な面、制度面、経営のコンサルティングなどを用意をして、受け皿だけは造っております。但し、これはなかなか思うように進まないという、大変に苦しい思いがあります。それから新産業を育成しようという考え方があります。広島県は広島大学を擁しているわけでありますが、それが広島大学を広島市から空港の近くに移しまして、そこに大学と他の色々な研究機関を移して、そこを一大テクノパークにしようということがずっと進められまして、もうそれは立派なテクノポリスのような形になっております。そのテクノポリスを中心にして、新しい産業を興して行こうという取り組みをずっと行っております。
皆さんクラスターと言う言葉をお聞きになったことがおありでしょうか。クラスタアーというのは、ぶどうの房のことを意味することだったわけですが、現在はある地域の中で、一つの業種から新しい業種を作る為に、金融面とか制度面とか様々な事がその地域の中で完結をするという様なものを意味するわけであります。このクラスターを全国に幾つか造ろうということを経済産業省が音頭を取って政策的にやっております。広島県の場合は、バイオクラスターということを文部科学省と経済産業省からお墨付きを頂きまして、広島大学を中心に進めております。但し、私が思いますにはバイオというのはそれはそれで結構なんですが、むしろマツダのような機械産業を中心としたクラスターの方が良かったのではないかと私は思います。宮崎でもクラスターに取り組んで行くことがあると思います。この時に是非留意をしておかなければいけないのが、小さい企業だけが集まって一つの産業が出来るわけではありません。やはり大きな資本が必要になります。アメリカとか欧米の成功しているクラスターは、すべて大企業の資本がそこに入っております。大企業がなければ、よそから引っ張って来るということを考えなければいけない。決して小さな企業の発想と行政の力だけでは出来ないということを留意しておかなければいけないのではないかと思っております。
広島もたくさんの課題がございます。但し、どこの地方自治体においても課題があるということは同じなんですね。外から見ている人間にとっては広島県の良い所というのを、幾つでも挙げられるんですが、中にいる広島の人たちはそれに気づかないんです。転じて宮崎も同じようではないかと私は思います。しかし、外から宮崎県を見てみると、実は私達が気づかないことがたくさんあるのではないかと思うんです。例えば農業ですが、宮崎県は農業を中心としてこれまで発展をしておりますね。農業は生産性がある産業ではありません。しかし、これから農業の分野というのは、非常にこれまでとは、一回りも二回りも違った大きな役割を果たしていくでしょうし、また先ほど申し上げましたが、自給率という点でも、宮崎は他の自治体に対しても、それを引っ張っていくような働きが出来るのではないかと私は思います。少し離れた所から自分達の住んでいる所を見つめてみるということを私達はしていかなければいけないでしょう。
その中で、政策は何をしなければいけないか。特に地方行政の分野で、政策に一番求められることは、経営をするということだと私は思っております。その中の一つが、資源を活用することであるし、人材を育てていくことであろうかと思っております。今、よくナンバーワンよりオンリーワンというような事が言われております。しかし、政策に携わる人間はオンリーワンを始めから目指してはけない、ナンバーワンを目指せば自ずからオンリーワンになるのではないかと私は考えるわけであります。現在、道州制の議論が行われておりますが、道州制が完璧なものになりますと、どういうことが起きるのでしょうか。地方が地方同士で競争する時代なんですね。そうした競争に時代にあって、交付金の削減であったり、補助金の廃止であったり、地方にとって厳しい時代が参りますけれども、知恵を出し合ってその地方に存在する資源を活用して、すばらしい町を造っていかなければいけないと考えております。
宮崎のことは、遠くからずーっとずーっと思っております。今日は取り留めのない話でございましたが、ご清聴有難うございます。皆さまの益々のご発展をお祈り致しております。
(担当:児玉寛太郎)(写真撮影:渡辺久之)