第2255回例会/平成18年01月27日(金)
会長挨拶(林 務会長)
本日卓話をいただきますゲストをご紹介申し上げます。郷田美紀子さんです。以前、我がクラブにお越しいただきましたので二度目のご登場かと思います。さて、入会一月間はご紹介をさせていただきます。ニューフレンド、塩月光夫会員です。
先週の例会でお話しましたライブドアのホリエモンがついに逮捕されるという事態になりました。世の中、そんなに甘くないという事でしょうか? そしてやはり額に汗かいて働かなければということでしょうか?
残念な報告をしなければなりません。早い復帰を願って永らく病と闘っておられた村上会員がとりあえず退会ということになりました。一日も早い復帰を願いたいと思います。それと秋山会員が健康上の理由、松田会員が仕事上の理由でそれぞれ退会されました。寂しい限りであると同時に,尚いっそうの会員増強をお願い申しあげます。
さて、本日はなにゆえ環境保全に取り組むのか?をお話させていただきたいと思います。
工業技術の発展に支えられる今日の社会は、我々人類に豊かさをもたらした反面、地球温暖化やオゾン層破壊のように確実に自然を破壊してきました。しかしよく考えてみてください。この地球上の自然は我々人類だけの物ではありません。この地球上に存在するあらゆる生き物が存在し続ける為の基礎であります。決して我々人類だけが、その欲しいがままの欲望を満たすために存在するのではありません。しかるに我々人類は、過去における無秩序な破壊の修復と、今後に向けての厳重な保全を継続することは基本的責務なのであります。@LF 1947年の今日、1月27日は、ロータリーの創設者でありますポールハリスが亡くなった日であります。我々ロータリーは今後とも環境保全のみならず、世界平和の実現に全力を挙げて取り組みたいと思います。
幹事報告(日高 久夫幹事)
1.募金箱を廻しますので宜しくお願いします。
2.国際ロータリーから、為替レートの変更。2月より現在118円が114円になります。
3.2月と3月、我がクラブの例会場が宮崎観光ホテル駐車場工事のためシーガイアサミットホールに変更になります。古紙回収は第一例会時に同じくサミット前1F駐車場西側トイレ横にて行います。因みに、2月3日(金)は、3F『海峰』の間が例会場です。
4.インターシティーミーティング(IM)が2月19日(日)開催されます。多数の皆様の出席をお願いします。
出席委員会(田畑 利春委員)
本日の出席状況(前記の通り)
親睦委員会(金丸 宣裕委員)
《ハッピーボックスの紹介》
<金丸禮三会員&市来 斉会員> 宮崎市郡医師会総会におきまして宮崎県医師会の代議員に見事ご当選になりました。おめでとうございます!
<澤野淳次会員> 昨年発売しました50歳以上、病気の方でも加入できる『千客万頼(せんきゃくばんらい)』と言う商品が日経最優秀製品サービス賞、金融部門におきまして見事最優秀賞を受賞しました これからもご支援を宜しくお願いします。
ポールハリスフェロー認証状伝達
*林務会長から西田英敏会員に贈呈
ゴルフクラブ(森重 勝雄会員)
3月19日(日)10:48スタートでコンペを行います。宮崎CCで5組取っております。奥様方のご参加もOKですので奮ってのご参加をお願い致します。
プログラム委員会(久保 裕委員)
講師のご紹介を致します。先ほど会長がおっしゃいましたが、私は2回目のご出演と言うことを存じ上げませんでした。恐らく会員の皆様は以前お話になられたことを覚えていらっしゃらないと思いますので、もう一度今日はお話をいただきたいと思います。薬剤師と言う肩書きになっておりますが、前綾町長でいらっしゃいました故郷田実さんのお嬢様です。『九州農政局・食育の委員』、『綾の自然と文化を考える会・会長』、『全国食と農の応援団・団員』などをはじめ多くの肩書きを持って日本国中で活躍をなさっていらっしゃいます。
私たちの記憶に新しいところでは、『綾の照葉樹林を守り世界遺産に登録申請を』と言う運動がありましたがその旗手としてご活躍をなさいました。それが基になって国が一緒になって綾の照葉樹林を復元・回復しようと言う一大プロジェクトが起こるきっかけになったそうです。綾の鉄塔問題についても心を悩ませながら反対運動を展開なさいました。
さて、最近の子供たちが起こす色々な事件の背景に"食"があるのではとよく言われます。そう言った"食育"も含めて、私たちの世代になってきますと日々の健康を非常に気遣うようになってまいります。医食同源と言う言葉が昔からありますが、今日は"食と健康"と言うテーマでお話をいただきます。非常に多彩な活動をなさっていらっしゃいますので、多方面にお話は及ぶものと考えます。それでは宜しくお願いします。
ゲスト卓話 (郷田美紀子氏)「食と健康」
皆様こんにちは。2回もお呼び下さいましてありがとうございます。本当に私で良いのかしらと思いましたが、私自身、何をお話したのか覚えておりませんので皆様も覚えていらっしゃらないでしょう。私は『やったこと』『やっていること』『思っていること』しか話せませんので恐らくその時本気で考えていたことをお話したのだと思います。今日も30分と言う非常に中途半端で難しい時間を与えられましたが、田崎さんによりますと短いのは構わないと言うことですので、私の今考えていることを精一杯お話させていただきます。
父が亡くなって今年で7回忌を迎えますが、郷田実の生き方を色々な方と考えてみて啓蒙運動に繋げて行こうと言うことで3月21日を『照葉忌』と致しました。宮崎西RCの皆様の中では日高久夫さん以外に父とご縁があった方は存じ上げませんが、もしご縁のあった方がいらっしゃいましたら是非お越しいただきたいと思います。
父が亡くなった原因はウィルス性の心筋症であることが亡くなった後に判りました。亡くなる4ヶ月ぐらい前から耳の痛みを訴え高熱が出ていたのですが、講演活動に忙殺される傍ら、最後の方では『賢治の学校』の設立に邁進し休む暇もなかったようです。私はこの学校設立の件がなければ父は命を落とすことはなかったと今でも思っているのですが、何故あれほどまでに命懸けで賢治の学校に拘ったのかが判りませんでした。ウィルス性の心筋症が原因であることは亡くなるまで病院でも判らず、肝臓も腎臓もどこも悪くなく血液もサラサラなので『おそらく過労でしょう』と言うことで精密検査をすることになって、結局その精密検査の予定日がお葬式の日となりました。突然亡くなったのです。
当時東京でシンポジウムがあり全国から食に関わる方々が集まり、私はパネリストに名を連ねておりました。まさに私の東京デビューの日でした。何百人と言う皆様を前に、隣には東大のその道の教授、片隣は国の機関の然るべき方、さらにその隣には高名な著述業の方が座っていらっしゃって、私はその間にちょこんと座って『なんで私がここに居るのだろう』と不思議な気持ちでおりました。漢方薬の専門家といっても東京には高名な方が沢山いらっしゃるし、名刺の肩書きには『百姓』とあっても実際には私は『五姓』程度のものだし、薬膳料理の店を経営していると言っても25人も入れば満員になる小さな店だし、別にビビッていた訳ではないのですが、おこがましく特別に何かを言おうとは全く思っていませんでした。ディスカッションがはじまり、『食べ物がおかしいから人間の身体が危うい』だとか『人間の子供たちが蝕まれている』とか言う話が壇上と会場とで盛んに交されておりました。そう言ったやり取りを『何だか当たり前のお話だなあ』と思って聞いているうちに、『これは私が話さなければ』と言う思いが心の底からメラメラと起こってまいりました。そして私の番に回ってきた時に、『先程から聞いておりましたら人間、人間とおっしゃっておりますが、人間が危ういのは当たり前です。人間はどれだけの生命を追いやってのさばって来たのでしょう。今頃になって人間の命が危ない、人間の子供が危ういと言うのはおかしなことです。今はそういうことを議論する段階ではなく、もっと他の命が生きられる環境造りをした時に初めて私たちは本当の安全・安心を手に入れることが出来るのです。』と申し上げました。
昔の人たちは何もかもが自分のものにしようとは思わずもっと謙虚でした。もっと手を合わせることが出来ていました。熊本県の食育の代表者はお医者様の竹熊先生であり、薬剤師の私が宮崎県の代表と言うように、今や食育は栄養士だけの分野ではありません。『何を食べれば元気になるのか』と言う話をする前に『人間様と思うことをやめようよ』と先ず申し上げたいのです。“ヒト科のヒトと言う動物であること”がキーワードです。
先日、東京都荒川区の小学校5年生の子供たちと話をしました折、最後に『僕たちは自然とか環境のことに関して意識を持ち、運動を展開し勉強もしてきましたが、人間として見下すような目線で木や草や花や虫や動物や魚たちを考えていたような気がします。今日、僕たちは“ヒト科のヒト”であり、目線を同じにすべきだと気付きました。』と言う御礼のご挨拶をいただき本当に涙が出ました。
一昨日、豪雪の福井県に行ってまいりましたが、“都会が末端”で“田舎が主流”であるとつくづく思いました。蛇口をひねれば水が出る、デパ地下に行けば魚の切り身や肉の塊が売っていて、人間の“えさ”としての物はいっぱいある。しかし、そういう都会で、アスファルトの下の土の中や川の中に命があることを思うことはまずない。お金さえあれば殆ど何でも手に入れることが出来ると考えるのが都会の人間です。お金がある人が偉くてない人は偉くない。全部価値はお金で、豊かさは全てお金で得られると考えています。しかし、田舎に住んでいる私たちの意識はそこにはない。ホリエモンのようにゲーム感覚でお金を得るものではないと田舎の私たちは考えます。
共生、共生と簡単に言いますが、私は共生と言うものは大変難しいものだと思っています。例えば10万円で買った土地があるとします。人間社会では自分の土地だから何をしても自由だと考えますが、その土の中に住んでいるミミズや虫たちにとっては人間がその土地を幾らで買ったかなんて関係ない。ミミズだって人間様から土地を借りて生きていると言う感覚はなくて当然自分の土地だと思っています。そこで人間だけがふんぞり返っていて本当の安心・安全が得られるはずはありません。@LF話は戻って田舎が主流と言う理由は他にあって、私たちには本当に自然と言うものが見えているのです。先日、修学旅行で自由の森学園の子供たちが来た時に、私が2枚の絵を描いてどちらが好きか尋ねてみました。一つは杉の絵、もうひとつはこんもりとした森に鳥が飛んでいる絵でした。すると彼らは『幾何学的だから杉の絵の方が好きだ』と言うのです。『確かに幾何学的で綺麗で、つい最近までは人間はこの杉の木と言うものが大好きでしたよ。何故ならお金になるから杉の木は・・・』と言葉を返しました。@LF 日本はブナ林と照葉樹林で文化が起きて来たと言われてきました。私たちの綾はもちろん照葉樹林ですが、それは綾だけの専売特許ではなくて宮崎市も京都も四国も全部照葉樹林で覆われていました。それを人間が開拓して畑や水田にしたり都市にしたりゴルフ場にしたり家を建てたり炭を作ったりと、人間に都合の良いようにして行く中で伐って行ってしまったのです。
この度、父が在職中に7年間続いていてその後休眠していた照葉樹林シンポジウムを復活させました。鉄塔問題では大変お騒がせしましたが、『あいつは電気を使わないのだろうか』と言われました。私は実は電気は使うものですから、太陽光発電を25年ローンで付けました。電気のことをテーマには戦いたくなかったわけで、むしろこれから人間の知恵があるならばもっと自然を駆使して電気を起こすことは出来ると思います。この問題は大変難しく、原子力発電に反対の人もいれば賛成の人もいる。私は何よりも綾町の景観を大事にしたいと思ったのです。ヨーロッパには何千万と言う観光客が増えていると言うのに、日本は京都も含めてものすごく減っています。何故かと言えば日本は何処に行っても同じ風景だからです。“らしい”風景をどうして残さないのか。宮崎県は折角の田舎で緑があって山や森が残っているのに何故それを大事にしないのでしょうか。綾町と言う町は『夜逃げの町』と言われるぐらい貧しかったものですから命懸けであの山を残した訳です。そして自然と共生をする…と言うよりも共生に近付く、あるいは癒しの町とか言って必死に街づくりをして来た訳ですから、どうしてそこに16基もの巨大な鉄塔を造ることを許すことが出来ようかと言うのが私の反対の理由でした。電気が大きな理由ではありませんでした。@LF最近では九州フォーラムに呼んでいただいたりして何回かお会いするうちに九電の松尾社長ともお友達になりましたが、幾ら仲良くなっても『私は鉄塔には反対なのです。吊り橋から見えない所に造ったと言われても、そんな甘い話は聞きたくもない』と申し上げました。街づくりの理念が崩れると言うことを訴えたいのです。@LF さて、お話は東京のシンポジウムでの私の発言に戻りますが、実はその発言の時に泣いてしまったのです。私だってエゴの塊です。車にだって乗りますし欲しいものはいっぱいあるし…だけどその部分でどう折り合いを付けて優しく生きて行けるかと言うところがこれからの私たちの課題であろうかと考えながら訴えましたが、どうにも悲しくなってしまったのです。泣いてしまって苦々しい思いで控え室に戻ったところ、ある一人の女性が訪ねて見えました。そして『お父様のお話を静岡で聞いた折、草一本、木一本に命があるとおっしゃったのですが、本日楽しみにしながら参りましたら貴女も命の話をされたので大変嬉しかったです。』と言っていただきました。@LF 私は父に対しては本当に反抗的で、『いつかは父を追い越してやる』といつも思うような生意気で可愛げのない娘でした。今こそ仏壇の前で『お父ちゃんゴメンネ』と手を合わせながら生きているうちに目の前で可愛くしていればよかったと反省していますが、この時ばかりはそのお話をしなければならないと思いながら飛行機に乗りました。宮崎について息子とともに病院に駆け付け、『お父さんの意志をしっかりと受け継いでいらっしゃいますね』とその女性に言われたことを伝えると、物心付いてから一度も私のことを褒めたり認めたりしたことのなかった厳しい父が目をつぶって聞きながら『それでよし』と言ってくれました。そして『理屈、義は言うな。命の話をして行け』の言葉が、父が私に語った最後の言葉でした。父から小さなバトンを貰ったなあと思います。@LF30年の漢方の知識はあるものの、食育と言っても私は栄養士でもなく、食べるべきものをあれこれ言うわけではなく、やはり“ヒト科のヒト”であると言う謙虚さに立ち、足元をなくしてしまっている子供たちに日本人の気候風土の文化、お年寄りの知恵を伝えてゆきたいと思います。
私は、自分よりお年を召していらっしゃると言うだけで心から尊敬します。私自身が10年前より賢くなっていると思いますし、10年後はより賢くなっていると思いますので、10歳も上、いいえ5歳上と言うだけで尊敬の念が沸いてまいりますが、先日大分でこんなことがありました。大勢のお年寄りの前で『ゲートボールばっかりしてないで、子供たちに知恵を授ける仕事をして下さい』と申し上げたところ、『ゲートボールを止めて、団子作りや縄作りを子供たちに教えて下さいと郷田美紀子が語った』と地元紙に報道され、ゲートボール協会から抗議が届いたのです。私はビックリしてすぐに丁重なお詫びのお手紙を差し上げました。『社会のために尽くしていらっしゃったのですからどうぞ楽しいゲートボールは胸を張って健康のためにお続け下さい。でも足元の文化を失いつつある子供たちに、皆様の素晴らしい知恵、文化を本気で伝える時間もどうか作ってください』とお書きしたところ、その後何もおっしゃって来られないのでお許しいただいたのかなと思っております。
奄美大島に90歳のおばあちゃんがいらっしゃって、その方は周りから、何と『あねさん』と呼ばれています。私も関わっておりまして、月に一度食育の会をされています。『島じゅり』と言うのですが、その時、周囲が気を遣ってそのあねさんを立てているわけではなく、本人が自ら率先して料理を作っているのです。お年寄りの生きがい作りの面からもこう言ったことは良いのかなあと思います。
毎月1回、食養講座を催しておりまして、明日が40回目、『お餅の文化』を題材にしようと思っています。お餅を杵で搗いて、お雑煮を作ったり、胡麻と醤油で和えたり、納豆で和えたりしたいと思っています。その他、蒟蒻作りなどもしてきましたがこれも田舎の文化を伝えたい、足元の文化を伝えたいと言う思いです。私たちは日本人ですから、砂漠の人がミルクを使ってチーズ、バターを作ったりするのを趣味として試すのは良いのですが、主食としてそれを選ぶのは間違いだと思います。ダシをとることを忘れてカルシウムを牛乳で摂りましょうと言う厚生省は間違っていると思います。どんなに偉い人が言ったってそれが正しいのではなく、足元に答えはあると思います。毅然として足元を伝えて行く運動をして行こうと思っています。
ここから話を続けますとまた更に長くなってしまいますのでここらで宜しいでしょうか。25分お話をさせて頂いたところで終わりとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
会長謝辞(林 務会長)
郷田さんが『自然との共生は難しい』とおっしゃいました。例えばもし郷田さんがこの会場まで車で来たら排気ガスをばら撒き環境を汚染することになるからと言って、歩いて来ると言うことは現実的には不可能な時代です。その折り合いを付けることが非常に大切なことであり、そこが私が常々申し上げておりますロータリーの心だと思います。ややもすると私たちの行動は寄付行為に終わることがあります。しかし『施す』と言う感情で金品を与えているのではない訳で、『ありがたく貰っていただける』と言う気持ちが一番大切であります。職業奉仕も同じことで、『儲けること』と言うそのことだけが目的ではなく、喜んでいただいてその結果お金を頂戴すると言うところが大切だと思います。環境問題も、社会奉仕も、国@JS際的な奉仕もそうです。ロータリーの奉仕の真髄と言うのは『相手に喜んでいただける』と言う、思い遣りの気持ちが一番大切だと思います。今日、郷田さんのお話をお聞きしましてその思いを強く致しましたので、一言だけお話をさせていただきました。
(担当:長友敬治)
(写真撮影:澤野淳次)