第2239回例会/平成17年9月16日(金)
会長挨拶(林 務会長)
衆議院選挙が自民党の圧勝で終わりました。前田会員の義理のご子息、河井さんも広島で見事再選を果たされました。誠におめでとうございます。また中山さんの選対本部長をお務めになられた外山会員もおめでとうございました。
さて昨夜、窓を開けて寝たのですが、今朝、寒さで目が覚めました。これからは日一日秋が深まっていくのではないでしょうか?
秋と言えば昔から「女心と秋の空」と言います。私の解釈違いで無ければ、女心は移り気であるという事でしょうか? この事を裏付けるように、最近イギリスで行われた調査によると男性は6割、女性は4割が浮気をしているという事がある雑誌に書かれていました。世間では、男性の浮気は”男のかい性”の様に言われ、女性はその陰で泣いているという面が強調されてきましたが、女性もまた浮気な生き物であるという事なのでしょうか?
そういえば、鳥の世界にも浮気があるそうであります。鳥類は9割が一夫一妻で、雄と雌が協力して雛の世話をする事から、仲の良い夫婦を「おしどり夫婦」と表現するのですが、その鳥類にも浮気が分かったそうであります。但し、鳥の雄は交尾の回数が多ければ多いほど自分の遺伝子を持った子供を多く残せるから婚外交尾をするんだそうでありまして、子供を作らないように作らないように気を付けながら浮気をする人間とは、全く正反対でありますが…。
幹事報告(日高 久夫会員)
本日は、1人100ドルのための募金箱を回しますので、よろしくお願い致します。
(2)9月23日は、秋分の日ということで、特別休会になっております。
(3)本日は、例会終了後、理事会を1階ロビーで行いますので、よろしくお願い致します。
出席委員会(小川 雅也会員)
本日の出席状況(別紙の通り)
親睦委員会(牧野 明会員)
9月30日が、観月家族会になっております。親睦の第三弾でございます。今回、新たな企画を立てております。料理のほうは、ホテル浜荘がホテルの面子をかけておいしい料理を作るとのことですので、たくさんの家族を連れてご参加していただきたいと思います。よろしくお願い致します。
親睦委員会(金丸 宣裕会員)
・阿部倫也会員、衛藤清隆会員 9月11日の宮崎西ロータリークラブゴルフ年次大会(北郷フェニックスクラブにて)で、阿部会員が優勝。衛藤会員が準優勝、取り切り戦、ベスグロ賞をゲットされました。おめでとうございます。
・前田暢俊会員 この度、衆議院選挙で、娘婿の河井克行(42歳)が、広島3区から立候補し、3度目の当選を致しました。小選挙区で、兵庫1区と同じく6名の立候補で、激戦区でした。」とのこと。本当に当選おめでとうございます。
・長友敬治会員 先の日曜日、9月11日、日向学院高校の体育祭において、毎年のことながら、"学院一の力自慢"の『20KGの俵上げ持続競技』に校長先生とともに飛び入り参加いたしました。"最後の2人になったところで、生徒に花を持たせて余裕を持って静かに降ろして2位"という、『優しく頼もしいPTA会長』を夢見ておりましたが、残った高校生二人がバタバタと続いて俵を落とし、図らずも優勝してしまいました。しかも、余裕を持って自慢げに俵を高く放り投げるという"愚挙"まで犯してしまいました。山口前PTA会長の時に飛び入りを命ぜられて以来、苦節10年目にしての初優勝です。大人気ない自分を大いに反省しつつ、ハッピーを自己申告いたします。また、台風のために完全な開催が危ぶまれた『日向自慢みやざき展』(9月7〜12日、日本橋高島屋)では、初めての参加ながら、皆様の温かいご協力を得て、お食事処としては何とか昨年を上回る数字を出すことが出来ました。ご来店いただきました日高久夫幹事、色々とご指導いただきました山口副会長の奥様を始め、皆様のご声援に感謝しハッピーを出させていただきます。」とのこと。本当におめでとうございました。
金丸 憲一会員
本日のゲストをご紹介したいと思います。NHK宮崎放送局で高校野球の解説をしておられます入江淳さんです。入江君は、私の高校の同級生であります。中学時代から大淀中に入江ありということで、たいへん期待されて大淀高校に入りました。2年の時に甲子園に行きまして、期待されて阪神タイガースに入りました。阪神で4年活躍しまして、その後は人生を方向転換しまして、鵬翔高校の社会科の先生をつい最近までされました。その間、学校の先生をしながら、NHK宮崎放送局の野球の解説をし、甲子園でも高校野球の解説をしています。高校の時の甲子園、阪神タイガースの甲子園、解説者としての甲子園と、3回甲子園を経験しておられます。
最近は、学校を退職し悠々自適の生活をしておりまして、ゴルフに一生懸命であります。ゴルフもシングルで、私の目標とする人の1人です。今日は、阪神が優勝目前です。あと10勝か11勝です。非常にいい話が伺えるのではないかと思います。野球雑感ということで、お話を伺いたいと思います。よろしくお願い致します。
ゲスト卓話(入江 淳氏)
皆さんこんにちは。ただいま金丸君から身に余る紹介を頂きました入江淳と申します。本日は、ロータリークラブという社会的に非常にステータスの高い方々の前でお話をさせて頂くことを光栄に存じておりますとともに、非常に緊張しております。自分で原稿を20枚くらい書いて来ておりまして、この通りしゃべろうかなと思ったのですが、後ろを見ますと「入江淳、元阪神タイガース」と書かれておりますので、これはもう野球のことしかないなぁと思いまして、野球のことを中心におしゃべりしていきたいと思います。話があっちこっちに飛ぶかもしれませんが、その点はお許し下さい。
今、タイガースは旬でございます。8月の26日から3日間、対巨人戦が甲子園で行われました。タイガースに今、私の同期の三宅というスコアラーがおります。その三宅に、「おい、今じゃないともう来ることないぞ」と言われまして、「それなら出かけてみるか」と。定年退職後、3年半経ちまして、上さん孝行もあまりしていませんので、上さんも連れて行こうかということで行きました。以前は、巨人ファン一辺倒で、俺はタイガースだというのが何か気恥ずかしくて、ここに来た時に、竹内先生が、「わしもタイガースファンじゃ」と言われたときには非常にうれしい思いが致しました。ここにボールを持ってきました。8月26日に甲子園に行きました時に、ブルペンでピッチング練習をしていたピッチャーにボールを貰って、私は若いころは39番の背番号をつけていたのですが、背番号39番のキャッチャーの矢野にサインを頂きました。これを後で、竹内先生に差し上げたいと思います。
私は、昭和16年6月生まれの64歳ですが、小学校、中学校、高校と野球一辺倒でした。小学校は、大淀小学校、入学時は第三小学校といっていました。それこそ何もない時代で、休みには近くの天神山に行ったり、走り回ったり、田んぼで魚すくいをしたり、さらに、ラムネ(ビー球)したり、パッチンしたりしておりました。野球といえば、おふくろが作ってくれた三角ベース、手製のボール、棒切れのバットでしておりました。
中学校は大淀中です。ここで初めて野球らしきのもが出来るようになりました。みんな裸足で、ピッチングすると足の親指の爪がすれていって、血が出て来たものです。そんな練習をしていました。もちろん遊びも好きでしたし、私の友人には、野球よりはメジロ取りがいいといって、毎日天神山にメジロ取りに行って、それを小遣いに当てていたような友達もおりました。そのような経験から、自然に足腰が鍛えられたり、手首も強くしたと思います。今の子供たちは、お金を出してフィットネスに行ったりして体を鍛えに行きますが、私は、自然に遊んで足腰が強くなったと思います。中学時代は非常に楽しい野球をさせてもらいました。中学3年の時に、もう時効だと思いますが、私とキャッチャーをしていた二人が大淀高校の野球の先輩に、「ちょっと来い」と言われて一緒に野球の練習をしているうちに、今度、秋に大分に遠征するからお前たちも一緒に行こうといって、中学3年生の私たちを遠征に連れて行ってもらったりしました。もちろん名前は変えていきました。2イニングくらい投げた経験があります。それくらい野球が好きでしたから、中学3年の課外授業も受けませんでした。
高校は、すぐ隣の大淀高校に進学しました。高校2年、昭和30年の夏の甲子園に、40回大会の記念大会の時に、ラッキーなことに甲子園に出場することが出来ました。甲子園球場はすばらしい所だということを実感したのがその時でした。3回戦で、優勝した柳井高校に負けました。高校2年の終わり頃に、肘を壊しました。ボールも握れないようになって、俺もこれで野球人生は終わりかなと思って、一時期やめようかなぁと思ったのですが、俺から野球を取ったら、頭も良くないし家も貧乏しているし、どうしようもないよなということで、一生懸命我慢をし、野球部はやめずにランニングはしておりました。今、右手は曲がっております。おかげでカーブがうまく投げれる様になったのではないかなという気がするのですが。軟骨が剥離するのですね。その時は見つけられなくて、灸をしたり、ビタミンの注射を打ったり、親父が一生懸命やってくれたのですが治らず、これは自分で治すしかないということで、少しずつ曲げるように曲げるようにやって、おそらく剥離した軟骨を筋肉が曲げていったんだと思います。どうにか半年経った時に、ピッチングがまともに出来るようになりました。@LF 高校3年の時に、九州大会に出ることが出来ました。その当時は、まだ自分ではプロに行こうかなという意識はありませんでした。大学は家が貧乏だから行けそうもないし、体もあまり大きくないし、まあ実業団でやるくらいかなと、漠然と将来を思っていたような気がします。そういう時に、九州大会に出て、非常に調子が良かったんです。たまたま調子のいい時を、タイガースのスカウトが見ていたらしくて、夏の大会終わって何日かした時に、タイガースのスカウトが来て、監督と部長に、「入江をほしい」と言われたそうなんです。プロでやって行く自信は必ずしもなかったわけですが、契約をしたわけです。皆さんが、なんぼくらいじゃろかという顔をしておりますので言いますが、今の金額に直すと、7千〜8千万円位になりますでしょうか。
プロ野球というところは、肉体的には若いから練習も、全然どうってことないのです。ところが精神的には相当いたぶられました。参りました。端的な例を申しますと、同じ合宿所にいますと一人ひとりがライバルなわけです。広島から電話があって、マネージャーが「オイ、入江いるか」というと、私の同僚が、「入江はいま外出しております」と言うんですね。私がそこにいるのに。せっかく広島に行ってゲームに出れたかも知れないチャンスを見逃したと言うようなこともあります。色々と意地の悪いことをして、潰そう潰そうとされたこともありました。今はそんなことはないという風に思いますが。4年間プロに在籍しましたけれども、自分に勝つ、克己心というものを非常に鍛えられた4年間でした。何があっても殺されへんわ、窮地に陥っても人は殺さんわという気持ちがその4年間に育ったような気が致します。4年目にちょうど怪我を致しまして、当時のファームの監督が非常に偏った使い方をするんですね。「これでは俺も将来ないわ」ということで、その監督と言い合いになりまして、こんなところにいつまでもしがみついていたのでは自分の将来はないわ、ということで、4年でプロの世界にピリオドを打ちました。もう一つは、私と同時に入団した者が、全国大会で優勝したピッチャーだったわけです。どっちが春のオープン戦から使われていくかというと、そっちが行くんですね。力は俺のほうが上だと思っていたとしても、やっぱり球団としてはお客さんを呼べる選手を優先して連れて行くんです。給料も昔は今みたいに銀行振込みではなく、給料袋なんですね。
同じく高校を出て、まだ活躍できるかどうかわからないのに、給料袋の厚みが、もうこんなに違うんですね。それがプロの世界だなということを実感しました。今はプロ野球の選手が宮崎に来て、色んなことを報道されて色んなことがわかっておりますから、もう今の高校生たちは堂々としたものですね。自分で発言したり、自分で交渉したりします。びっくりしたものです。
そういうことで、プロを辞めまして、宮崎に帰ってきました。私を拾ってくれたのが、亡くなりました大淀学園の田代理事長でした。高校の先輩でありましたし、「何もすることがないのであれば、おれのところへ来いよ」ということで、当時は中央高校といっておりましたが、そこで事務を執っておりました。もちろん高卒ですから、教員になれる訳はないんですね。事務を執って、嫁さんを貰ってまだ子供が小さい時に、当時男子寮の寮監をしていた時に、僕の同級生がその寮に酔っ払って来たんですね。「おまえ何やっちょっとか、ぐじゃぐじゃ、ぐじゃぐじゃ、言いよるが。悔しかったら、教員になって見い」と、僕に説教をたれるんですね。「よし、そんなら、まっちょけ」と。やっぱり皆さんもそうだと思うんですが、男というのは、どこの鍵が一番ほしいかといわれた時に、僕も聞いた話なんですが、ホワイトハウスの鍵が一番ほしいんですね。ホワイトハウスは大統領なんですね。大統領は、名誉、権利すべてのものが手に入る。それと同じように、高等学校という職場で一番スポットライトを浴びるのはやっぱり教員なんですね。中学校、高校と少しはスポットライトを浴びて来ておりますので、教員にならんとやっぱりダメだなと。高校を卒業する時から、大学に行きたい気持ちもありましたから、安月給でしたけれども、通信教育を受けました。女房、子供もおりましたから、あまり家庭に迷惑をかけてはいけないなというところから、4年で卒業するという誓いを立てて、教職の免許を4年半で取って社会科の教員として教えるようになって、そして60歳で定年を迎えました。
その間、平成5年からNHK宮崎放送の高校野球の解説ということでやって来ております。平成10年に、全国高校野球80回大会の甲子園大会にゲスト解説として要請があり、解説したわけです。ラジオ4試合、テレビ4試合でした。中でも圧巻でしたのは、横浜の松坂と鹿実の杉内が投げた試合で、ちょうどたまたま解説する機会がありました。4回の表、ワンアウトの後、松坂が151キロを記録し、これは松坂が高校生では初めて甲子園で記録した記録なんです。こうして、自分の勉強にもなりますし、人生の勉強にもなったのも甲子園でした。高校時代、タイガース時代、解説者として、3回甲子園に出ることができました。野球しか知らない私にとっては、非常にラッキーな様に思います。@LF 話が変わりますけれども、いまボールを持っておりますけれども、ボールの縫い目がいくつあるかご存知ですか。108あるんです。人間の煩悩かなという思いがするのですが、なぜか108なんですね。直径が7センチ3ミリくらいなんですね。
ストライクゾーンというのは、ベースの中にボールが横に8つ分、縦は上は肩の上部、下は膝小僧の所までで、縦には11個ボールが入ります。8×11の88個がその選手のストライクゾーンだということがいえるわけです。ピッチャーとバッターとどっちが有利かと言いますと、圧倒的にピッチャーが有利なんですね。ストライクゾーンの中の88個の中に自分の思う玉を放り込んでいけばよいわけですね。だから、絶対にピッチャーが有利なんですね。バッターは9人で、寄ってたかって向かっていくわけですね。10本のうち3本打つ3割バッターが、すばらしい打者だと言われているのは、そこにあるのではないかと思います。
よく、一生懸命走りなさい、ゴロを打ちなさいよと言われます。なぜでしょうか。ピッチャーゴロでも、ピッチャーが捕った、ランナーがぼてぼて走っている時は安心して投げれるんですね。ところがイチローみたいな選手が一生懸命に走れば、やっぱりプレッシャーがかかるんですね。それと同じように、フライを打てば一つのチャンスでアウトになるんですね。ところが、ゴロを打つということは、相手がエラーをするかもしれない、一塁に悪送をするかもしれない、一塁手がエラーをするかもしれない。セーフになるチャンスが3回あるんですね。だからゴロを打ちなさいということを言うんです。これを高校野球の生徒に言っても、ぽかーんとしているんですね。やっぱり、教えるということは、一番下に目線を置いて教えるのが大事じゃないかという気もします。自分が何でもわかっているよということで相手にしゃべっても、自分が10しゃべっても、相手は8つか9つかはわからないんですね。ですから、目線を下げて、わかるように説明してあげるのが親切だという風に今頃初めてわかるようになったんですけれども。
野球の面白さはどこにあるのか。サッカーも面白い、バレーも面白い、ラグビーも面白い、でもやっぱり野球が面白い。野球と言うのは、同時に二つのドラマが生まれているのですね。バッターが左中間に打った。その左中間に、レフトが走る、センターが走る、その中間にショートが走る、その後ろにセカンドが走る。そのように、守っている方のドラマ。撃ったバッター、ランナーは、一つでも塁を進もうと、一所懸命走るわけですね。ランナーズコーチは、守備の勢いを見て、止まれだとか、進めだとか。撃ったバッター、ランナーと守備の後に、二つのドラマが同時に行われているのが野球で、そこに野球の面白みがあるんじゃないかなと言う気がします。テレビで見ると、ちっとも面白くないんです。やっぱりグランドで見ると、スタンドのお客さんはああいう反応を示しているんだなとか、外野守備はえらい前だなとかいうのがわかって、初めて野球の面白さがわかるんじゃないかなという気がするんですね。
色々経験する中で、放送で失敗したり、色々なことがあるんですが。私はNHKなんですけれども、ほとんどが野球の素人なんですね。高校野球は必ず実況しなくちゃいけないわけです。2アウト、ランナー3塁で、「スクイズありますかね」と振られた時には、ちょっと、答えようがないですね。スポーツアナウンサー以外は、まったく素人なんです。ですから、何しゃべりだすかわからないんですね。ある女性アナウンサーなんか、頭の上をきんきん声が行くんですね、ちょっと黙ってくれんやと思うけれども、やっぱり合わせなくちゃならないというところに、難しさがあるんですね。
それと、トイレに行けないのが一番心配ですね。失敗は、二つあるんですね。私とアナウンサーです。一つは、私が最初の時に、いつもの通りコーヒーを飲んで行ったんですね。その日は、雨が降っていて、寒かったんです。試合がだらだら、だらだら進んでいくんですね。7回くらいから、ちょっと催して来たかな言う感じが、頭の中をチラッチラッとするんですね。まあ、もうすぐ終わるだろうと、野球を見ていたんですが、なかなか終わらないんですね。9回くらいになった時に、もう我慢ならんということで、「ちょっとメモ貸して、メモ貸して」と言って、「トイレに行きたい」と書いたら、アナウンサーが「ダメ」と。まあ、油汗やら何やら、一生懸命かいたですね。それから、ゲームのある日には、水もコーヒーも一滴も飲まずにグランドに向かうようにしています。それと同じことがつい数年前に、アナウンサーにありました。ちょうど3回位の時に、そのアナウンサーが、腰をもじもじしているんですね。「おい、どうしたの?」、「したいの?」と。その後ろに、スポーツアナがいて、「行きたいらしいよ」と。でも、そのアナウンサーは意地でも行くと言わないんです。「ビニール袋を用意してください。ビニール袋の中にします」と言うんですね。「それはいかん」と。もう1人のスポーツアナが代わって、ぱっと行ってきました。それはトイレがすぐ近くにあったから助かったんですけれども。まあ、放送中は、ハプニングがあって、楽しいやら色々なことがあります。私もゴルフが好きですので、ゴルフ用語が出ることがあります。「これは、レフト線、フェアウェイいきますから」と言ったこともありますし、野球の放送が終わったら、「おまえ、何しゃべりよっとね」とやけられました。インサイドアウトに出るほうがいいですよとか、やっぱりゴルフ用語は時々、出るんですよね。そういったこともありながら、楽しい野球実況をさせてもらっております。
色々なことをお話したいなと思ったのですが、やっぱり私から野球を取ったら残らないというのを、今日実感いたしました。高校生相手ですと、何にも準備をしていかなくても、30分、一時間ずっとしゃべるんですけれども、今日はやっぱり緊張して、のどがカラカラに渇いております。本日は拙い話を聞いていただきまして、たいへん感謝しております。どうも有り難うございました。
(担当;山本勝美、児玉寛太郎) 写真撮影;岡美智子