第2207回例会/平成17年1月14日(金)
会長挨拶(小田原 義征会長)
月11日、総本部の新年賀詞交歓会が、東京のホテルニューオータニで開催されました。来賓で国土交通省の北側一雄大臣が挨拶されました。
金融デフレは止ったと、終ったとは言われませんでした。そして景気は少しずつ良くなると言われましたが、私は資産デフレは地方に行けば行くほど進行しているのが現実であると思います。景気回復は金融政策にあらず土地政策にあると考えております。ただ東京、名古屋、大阪、福岡の一部が止っています。それから災害について話されました、台風、集中豪雨、地震、津波に対して被害の出ない国土の基盤設備をおこなうと話されましたけど、昨今の台風にしましても観測始まって以来の風速であったり、河川にしても設計の10倍の豪雨が降れば災害が発生するのだと思いますし、スマトラ沖地震にしても百年に1回あるかないかの大地震だと言われております。今は地球が変です。光の帯(ニュートロン)投入が近いとも言われております。東京に居ると現実のことも地方のことも全く理解されてないと思いました。
皆さんは勉強されておると思いますが、個人情報保護法(平成17年4月1日施行)の研修がありました。利用目的を明示しなければチラシ、ホームページ、ダイレクトメール等々の送付も難しい。
F例 信託銀行の封筒で住宅メーカーがダイレクトメールを送付して裁判になった、それは信託銀行の個人情報でダイレクトメールが送付された点です。
今日はゲスト卓話です。有名なはまゆうコーラスの中村禎子様です。楽しい話が聞けそうです。
幹事報告(森重 勝雄幹事)
○ 例会変更(裏表紙に記載のとおり)
○ スマトラ沖地震・津波災害救援募金がきております。最近は災害続きで、出費も多いと思いますが、宜しくお願い致します。
出席委員会(崎田 義雄会員)
○ 本日の出席状況(前記のとおり)
入会式(2名)
氏名 ブラッドリー・エドワード
年齢 33歳
出身 オーストラリア
奥様はフリーアナウンサーのトミナガ チカさんです。子供は2人で、長女5歳・長男1歳です。グリフィス大学の卒業で2001年にジョーイ・イングリッシュスクールを開校されました。
皆さんこんにちは。ブラッドリー・エドワードと申します。オーストラリア・クイーンズランド州出身です。英会話の仕事をしています。これからよろしくお願い致します。
氏名 松田 公利
1956年生まれ。1979年 大学卒業。1980年 司法試験合格。1989年 法律事務所開設以来、弁護士として活躍されています。趣味は、ピアノ。英語・韓国語・ベトナム語の勉強もされています。
皆さんこんにちは、松田と申します。初めて参加させていただきます。今年で、弁護士をして20年になります。ロータリーの精神などまだ全然わかっていませんので、これを契機に色々と勉強していきたいと思っております。如何せん、忙しい毎日を送っておりますので、例会を欠席することもあるかもしれませんが、その時はお許しください。私は海外旅行が好きなので、英語・韓国語・ベトナム語を毎日勉強しております。ロータリーの主催で、外国から弁護士がこられた時は、不十分ながら通訳をさせて頂きました。今後も宜しくお願い致します。
SAA(マイケル・インディゴ委員長)
○ 喜島 健一郎会員 ハッピー報告と言っていいかわかりませんが、ゴルフを止めるつもりで、レークサイドゴルフクラブの会員券(プレー券)を売却したところ、すぐにレークサイドゴルフクラブでのゴルフに誘われまして、断り切れずにやはりゴルフを続けることにしました。それで、すぐに会員券(プレー券)売却の撤回を申し出たのですが、すでに他人に譲渡されており、新たに購入する羽目になってしまいました。結局、名義書換料は払わされるわ、新入会員として広報誌で紹介されるわで、恥ずかしい思いをしました。
プログラム委員会(矢野 温三会員)
本日のゲスト卓話は、中村禎子先生にお願いいたしました。中村先生は宮崎県を代表する合唱団「宮崎はまゆうコーラス」の指揮者であり、またテレビやラジオでもご活躍されておりますので、皆様もお名前はご存知だと思いますが、一応簡単にご紹介いたします。先生は滋賀県のご出身で、年齢は不詳、滋賀県立膳所高校から京都女子大学初等教育学科音楽専攻に進学され、同大学卒業後、京都で合唱団「京都エコー」を創設。また、東京都三鷹市で、「三鷹ブルーコーラス」を創設。宮崎に移ってこられてから、「宮崎はまゆうコーラス」を創設し指揮者となり、「コールサイト」「バイオレットコーラス」の指揮をとっておられます。そして現在は、日本合唱指揮者協会員・宮崎県芸術文化協会理事・宮崎県合唱連盟副理事長・宮崎市芸術文化連盟副会長・宮崎市合唱協会会長・NHK宮崎文化センター講師・宮崎市教育委員などの要職についておられます。大変お忙しい方ですが、私の家内が「はまゆうコーラス」でお世話になっておりまして、その様なご縁で無理にお願いしましたところ、快くお引き受けいただいた次第でございます。
ゲスト卓話(中村 禎子)
新しい年の始めにお招きをいただきまして、大変身の引きしまる思いを致しております。今の私から「合唱」をとってしまいますと、全く空っぽでございます。生まれ育ちました滋賀県の草津小学校4年生の時に、音楽の先生から誘われて、合唱の世界に入りました。中学・高校・大学すべて合唱団に入部し、合唱を楽しみました。根っから「歌う」ことが大好きで、近所の子供たちを集めて歌っていたそうです。大学1年生の終わりに、声楽へ進むか、合唱の道に進むかという岐路に立たされました。父が10歳のときに他界しており、ピアノもない状態で勉強しておりましたので、もう時期的には遅いと断念し、合唱の道を選びました。その代わり指揮者になろうと、その時決心いたしました。大学3年の演奏旅行、4年の定期演奏会には、完成したばかりの京都会館で学生指揮者として指揮をしました。卒業後、同志社グリークラブの指揮者だった浅井敬壹氏と合唱団「京都エコー」を創りました。今も大活躍をしておられます。結婚の為、東京都三鷹に住み、「三鷹ブルーコーラス」というお母さんコーラスを昭和39年に創りました。お母さんコーラスの最初の頃です。主人の転勤の為、昭和44年に宮崎に参りましたが、誰一人知人がおりませんでした。それで宮崎市の社会教育課へ伺い、市の講座として「コーラス」を開講していただきました。昭和45年10月15日のことです。そのグループがずっと続いています。「宮崎はまゆうコーラス」といいます。今年10月16日に市民文化ホールで35周年の演奏会をいたします。コーラスをしていたから、外国旅行にも行くことが出来ました。平成6年ニューヨークのカーネギーホール、ウィーンのコンツェルトハウス、スイス・ベルン市のニーデック教会、シンガポール・ウルパンダンコミュニティクラブ、昨年12月には県から要請を受けて、日韓交流の一環として水原市に参りました。勿論、演奏会の後、観光はして帰ります。「歌が上手だから」とか「楽譜がよめるから」とか言うのではなく、「合唱が大好き」なのです。人と合わせることが好きなのです。今から決して若くはなりません。日一日、年を重ねて参ります。大きな声を出して歌い、思い切り笑い、話せる。これが、これからの私達にとても大切な事だと信じています。おかげさまで、現在はたくさんの友達に恵まれて過ごしています。
(担当:増田秀文)