第2205回例会/平成16年12月17日(金)
会長挨拶(小田原 義征会長)
平成16年も後半月で終わろうとしております。色々ありましたが、アフガン・イラク戦争で始まって戦争で終わった1年であったと思われます。アメリカはブッシュが再選され、騒動作戦でイラク戦争は終わったと言っておりますが、治安は一つも良くなっていない。1月の選挙は大丈夫なのでしょうか。
今日、平和運動について話します。 貴族と商人の血を引く世界で最も有名な日本人、オノ・ヨーコは、アーティスト・詩人・ソングライター・歌手・プロデューサー・母(2人の子供・3回結婚している)、そしてアメリカでもっとも金持ちの一人。7月〜9月栗野町の霧島アートの森で「YES、オノ・ヨーコ」展がありまして。玄関のWar Is Orer(戦争は終った)から始まりました。
次に「天井の絵/YES」がありました。1966年にロンドンのインディカ・ギャラリーに展示され、白い梯子を上まで登ると天井にある額縁から拡大鏡がつり下げられて、拡大鏡で覗くと「YES」と書かれている。この作品がジョン・レノンとの出会いです。
 2人とも平和主義者で、特に注目されだすのがベトナム戦争に対して反戦運動をアメリカ全土に起こし、ニクソン大統領よりFBIの監視下におかれ国外追放となる。
 日本では1969年12月22日、佐藤栄作首相に「原爆映画をノーカットで上映をしてほしい」と要求した。しかし記録映画はアメリカに没収されカットされて公開される。
 軽井沢の別荘近くの喫茶店の主人は、忘れたジョンのライターを9年間も取っておいてくれた。火を付けるとついた。
 オノ・ヨーコの富士登山 8月の暑い太陽の照りつける中、杖をついて一歩一歩山頂目ざして登る。山頂でご来迎に向って「世界平和のために一分間祈ってください」と同行者、そしてその場に居合わせた人々にも呼びかけた。名曲「イマジン」作詞ヨーコImagine all the peopl living life in peace.(想像してごらん みんなが平和に暮らしているところを) 1980年12月8日セントラル・パーク前、ダコタ・ハウス玄関前で、ジョン・レノンが凶弾に倒れる。キリスト・ガンジー・キング牧師と非暴力をつらぬく平和活動家は暗殺される。 同じ12月8日(1941年)に開戦し敗戦した第二次世界大戦の東京裁判で、東条英機首相は、この戦争は「日本民族の自存のための自衛戦争であり国際法に違反せぬ戦争であった」と述べ、日本国民には敗戦責任者として真心からその責めを取ると言っております。
 今年は108年振りにオリンピックが発祥地ギリシャ・アテネで開催されました。「オリンピック憲章」平和な社会を創ることに貢献する。この「聖なる停戦」にアメリカはサインしていない。
 今太閤と言われた田中角栄元首相、平成15年12月16日死す。好きだった歌は「岩もあり、木の根もあれど、さらさらと、たださらさらと水の流るる」


幹事報告(森重 勝雄幹事)
ヨ例会変更(裏表紙に記載のとおり)
ヨ@JS@20宮崎市内RC 6クラブは、12月27日(日)〜1月6日(木)まで特別休会となります。事務局は12月28日(月)〜1月5日(水)まで休みますので、ご承知いただきますようにお願い申し上げます。
ヨ皆様のボックスに、新会員候補者が2名載っております。各自目を通して頂くようにお願い致します。1名は澤田淳次さん、住友生命保険相互会社の宮崎支社長です。岡崎さんの後任として来られた方でございます。もう1名は松田公利さん、弁護士の方でございます。


出席委員会(崎田 義雄会員)
本日の出席状況(前記のとおり)



次年度SAA報告(林  務会長エレクト)
 本日、次年度SAAに前畑智之君を指名したことをご報告申し上げます。


SAA(大山 新一委員長)
ヨ小川 雅也会員 全日本実業団対抗女子駅伝が、先日12日に岐阜県にて行われました。6区間42,195に26チームが参加しており、三井住友海上さんが、2時間13分17秒という大会新記録で、2連覇を果たしました。ちなみに、本県の沖電気は14位、旭化成は19位とのことでした。
ヨ稲倉 正孝会員 日本大衆薬工業協会が2002年に、(12)いに(11)いいの語呂合わせで、12月11日を「胃腸の日」に制定。日頃から胃腸のことを気遣っている稲倉先生より、ハッピーを頂戴致したく思います。
ヨ押川 幸男会員 12月12日は児童福祉法公布記念日。1947年(57年前)に制定されたとの事です。子供達の健やかな成長を期待して制定されたこの法令を、誰よりも深く理解し、世の中の子供たちの教育についていつも考えて下さっております、押川幸男会員よりハッピーを頂戴したいと思います。
ヨご報告     先日、宮崎空港で柴田博文元会員に偶然お会いしました。柴田さんはご自分が退会された後の会員数を大変気に掛けておられましたので、その後増員したことをご報告しましたら、ほっとされたご様子でした。今も宮崎・東京を行ったり来たりする毎日が続いておられるようで、予定通りにとはいかないが、確実に業務は進んでおられるということです。皆様にくれぐれも宜しくお伝えくださいとのことでした。


更生保護法人みやざき青雲(重光 英次施設長)
更生保護法人みやざき青雲の事業運営の為の資金募集の趣意を説明されました。企業・個人で連絡を取りたい方は、西RC事務局にお尋ね下さい。


プログラム委員会(日高 久夫委員長)
本日は新入会員卓話ということで、岡会員にお話を頂きたいと思います。
会員卓話 (岡 美智子会員)
アートリーフをいたしまして、22年程になりました。なぜ葉っぱだけを作るようになったかをよく聞かれるのですが、自分で思い返してみると、ただ葉っぱに惹かれて魅力を感じたというのが最初でした。お花には必ず葉っぱがついていますが、お花よりも葉っぱの方を多く入れると、お花がもっと綺麗に見えるのではないかと思ったのが、一番のきっかけだったと思います。葉っぱで自分の身を立てていこうとか、仕事にしようと思ってやっていたわけではないのですが、「素敵よ」「綺麗ね」と褒められることが、「やっていけるのではないか」という自信に繋がったと思います。褒められることが、こんなに身近にあるとは思ってもみませんでした。「綺麗ね」と言われると「じゃあ、この葉っぱをもっと増やしてみよう」とか、「その季節の色を葉っぱで表現してみるとどうかな」と思います。葉っぱを作る時も自分で考えて手でひねってみたり、また元に戻したりしながらやってきたので、人に伝えるということがこんなに難しい事なのかと感じています。専門の学校を出たわけではありませんが、お金を頂いて大切な場所を飾らせて頂いた@JSりするようになりました。昭和62年サンホテルフェニックスに、当時の皇太子殿下と美智子妃殿下がお見えになった時に、飾らせていただいたのが最初でした。また両殿下が宮崎においでになられた時に飾れたらと思っておりましたが、その願いが叶ったのが「豊かな海づくり」の時です。その時ちょうど秋だったのですが、「どういう気持ちで両陛下をお迎えしたいかを表現してください。」と言われて、皇后陛下はハープがお好きなので、ハープをイメージしたベースに秋の色の葉っぱをいけてお迎えすると、喜んでいただけるのではないかと思ってお迎えしました。そしてまた、今年の「植樹祭」の時に、お迎えする機会を与えていただきました。今度は春でしたので、桜でお迎えしたいと思いまして、大きい扇をイメージして、その前をお通りいただきました。皇后陛下が心なしか、眺めながら通ってくださったような気がいたしました。皆さんから褒められることばかりではありませんが,皆さんの言葉を励みに作品を作っております。
(担当:増田秀文)