国際ロータリー第2730地区
2005〜2006年度
地区大会/特別講演&記念講演要旨

2005年10月15日(土)
ガバナー補佐・クラブ会長・幹事協議会での特別講演
「新世代を考える」/2800地区P.G. 藤川享胤氏


52歳でガバナーをされた藤川享胤P.G.は、現在58歳、他地区ではRI会長代理も経験されたロータリアン。


藤川享胤P.G.の特別講演「新世代を考える」は、参加したロータリアンの感動を呼びました。しかし、ガバナー補佐・クラブ会長・幹事協議会での特別講演でしたので、一般会員はこの講演を聞く事ができませんでした。ぜひ、一般会員にも、この感動する講演の内容を知っていただきたいと思い、講演要旨を掲載します。


◇特別講演「新世代を考える」
   国際ロータリー第2800地区鶴岡RCパストガバナー 藤川享胤氏


[講演要旨]

1. 家庭内の過保護が問題、特に父親に責任がある
親は自分の子供の為と思うが、それが子供の為にならないことが多い。「雨にも当てず、風にも当てず(略)ぶよぶよの身体。意欲も体力もなく、いつも不満を持ち、塾に追われ、注意散漫。素晴らしい自分の部屋に閉じこもり、東に病人あれば医者が悪いといい。西に死にそうな人があれば寿命だといい。(略)こんな現代っ子に誰がした。」
万引きで捕まった子どもの母親が必ず言う言葉は「何不自由なく育てたのに」。
だからこそ、我慢できない子どもに育ってしまったのに。
「キレタ」という少年は、我慢する体験など、もともと持ち合わせていない。

2.フェイスレス・ファミリー
今の家庭は、家庭内の顔が見えない。昔のような、居るだけで威圧感、存在感がある怖い親父の復活が望まれる。
@子どもが真剣に問い掛けたときは、真剣に答えなければならない。
A常に自分の言動に一貫性を持たなければならない。
B自分の間違いに気づいたら、潔く子どもに謝ることも大切である。

3.学校教育
知育一辺倒ではだめ
「エリートコースを目指すことが教育ではない。」と言いながら、「自分の子どもだけはと言う親」、これが親の弱さ。
「ナンバー1」より「オンリー1」への思想の変革が必要である。


2005年10月15日(土)

公開記念講演「人間の価値」/講師:鈴木 ひとみ氏

本記念講演は、予想していた人数以上の方に講演を聞きに来ていただき、嬉しい次第でした。


鈴木 ひとみ氏 プロフィール
1962年大阪府出身。82年度ミス・インターナショナル準日本代表に選出。
現在は執筆・講演活動のほか、障害者の国体などに出場し好成績をおさめている。
著書は「車椅子の花嫁」として、 テレビドラマ化されている
1980年三井銀行に入行。81年神戸で行われたミス・インターナショナル日本代表に選らばれる。同年モロッコで行われ た「ミス・インターナショナル世界大会」に出場し、ミス・エレガンスに選出される。83年上京し、ファッションモデルとして 活躍。またTBS「世界まるごとHOWマッチ」のアシスタントとして活躍。84年に交通事故に遭い頸椎を骨折。86年結婚。
現在は執筆・講演活動のほか、洋服メーカーのモデルとアドバイザー、企業のバリアフリーのアドバイスなどを行う。 またた85年鳥取での障害者の国体などに出場し、2種目目(スラローム・60b)に大会新記録で優勝。87年イギリスで 行われた「国際ストーク・マンデビル競技大会(車椅子競技の世界大会)」で金メダル獲得。2004年 アテネパラリンピックに射撃で出場


[講演要旨]

なかなか皆様には気がついてもらえないけれど、今日はピンクの車椅子で来た。いろいろな色の車椅子を持っているが、座る車椅子によって気分が変わる。黒のは冠婚葬祭用。

バリアフリーと言葉では言うが、日本はまだまだ。ただ、飛行機はマニュアルがきちんとしているらしく、どの航空会社の飛行機を利用しても、いやな思いをしたことはない。ところが、JRは職員によって、とても親切な場合と、見るからにめんどくさそうな顔をして階段の上り下りを手伝ってくれる人が居る。

私たち夫婦は結婚後相当年月が経過したが、相変わらず喧嘩をしながら仲良く暮らしている。喧嘩をした時は、主人のお母さんに「あんたの子供を返品するわ」と言うんだが、義母は「賞味期限の切れた生ものは受け取れません」と言う。こんな親子。

夫は今でも「献身的なご主人ですね」とよく言われる。実はそれは誤解なのだけれど、彼は単純に「いい人」と思われるだけで喜んでいるし、私もあえて反論はせずに笑いながら聞き流す。もし夫自身が「献身している」などという気持ちだったら、とても今日まで長続きしなかったはずだ。私たちは限られた中で情報を集め、快適に過ごせるよう工夫しながら、当たり前の夫婦の生活を楽しんでいる。

いつもお互いの顔を見つめながら生活していたらきっと息が詰まっていただろう。向き合って生きるのではなく、肩を並べて二人の視線の先にある夢を一緒に追いかけてきたように思う。向かい合って食事をしていた夫婦が、並んでテレビを見ながら食事をしだしたら危険信号と言われるのだが。

アテネでは、私は射撃で出場をした。成績は誇れるものではなかったが、世界中の素晴らしい選手と同じ土俵に上がって、時間を共有できたことを本当に幸せに思う。

エアライフル射撃はほかの選手と対戦して勝ち抜く勝負ではなく、制限時間中に10メートル先にある1ミリの黒点を狙って60発を一人で撃つ。どこに行っても、どんな試合でも標的と銃と自分の関係は変わらない。それは自分自身の戦いであり、自分自身との対話なのだ。

60発の結果をトータルの得点で考えるのではなく、一発一発集中して、最後まで丁寧にあきらめずに撃つこと(略)射撃にかかわらず、私は今までもそうやって自分のゴールを手にいれてきた。

他人を羨むのではなく、なくしたものを悔やむのでもなく、自分の体に残された機能、つまり考えることのできる「頭」を使い、動かせる「腕」を人一倍鍛えることによって、人生を切り開いてきた。

人は一日一日成長するが、それは人生の有限な時間の中で確実に死に近づいている。
普段の私は死を覚悟して生きたりはしない。だから生活に何の関係もない射撃に一喜一憂したり、仕事でも悩んだり喜んだりしながら日々を送っているのだ。

あらためて自分の人生を振り返ったり見つめたりする機会があると、
人生の「有限な時間」について考えさせられる。

人生を語るにはまだ、未熟な年齢ではあるけれど、これからも一生懸命生きていれば、きっと何かが見えてくるのだろう。その何かを見たいから私は今を生きる。悩みながら年を重ねていく。